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おばあちゃんのひとりごと

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快活を失わないということ、これがまずもって人間の徳のはじめである。

 人間がなぜ苦しむかというと、これは味わい方なのやね。
 うまい、いうのは楽しみ。もうたくさん、というのは、
 苦しみ。あたえられるものが一つでも。味わい方によっ
 て違ってくる。            大西良慶

 ふふふ。だそうです。味わい深く~~~頑張るかな。

 今日は四連休の終わる日。皆さん楽しく過ごせたことでしょ
うね。私は毎日毎日がお休みですからね。何にもかわりない日
がすんでいきます。早いわぁ~~。
 彼岸とはいえ、息子夫婦にすべてをお願いしてありますので、
私はね。「千の風にのって・・・・」歌いつ、ありがたいことと
子ら夫婦に感謝なんです。わたし、そういう人なんです。

 秋彼岸法要も、ね。菩提寺はきっとお参りが多かったことで
しょう。そう思いながら~~遠くから手を合わせています。

 私は、いつものように”散歩” もう少し~~頑張らないと!な!

 
    詩

  いい人になろう

  いいひとになることは
  とても大事なことだ

  どんなことにも
  心をこめて
  微笑んで
  いい人になりたい

  だけど
  ついつい なんとなく
  できたないときがある
  それでもいい

  こころのそこでは
  いい人になろうと思っているから

  そうやってすこしずつ
  すこしずつね
  なるようにしている

  なかなかなれないもんだから
  それでいいのだ

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  安岡正篤
   「安岡教学」の神髄

 ○徳のはじめ
       ―――人間であることの原点

 元気というものは朗らかである。晴れ晴れして、快活である。
だから人間はいつも快活さを失わないこと、これがまずもって
人間の徳のはじめである。

 ○健康な人 
       ―――てきぱきと事を処理する

 人間として欲望も才能も、そして気力も気魄もあり、しかもよ
く反省して自己を粛清し、てきぱきと事を処理していけるという
のが本当の健康な人なのである。

 ○健康の三原則 
        ――――つねに「喜神」を持つこと

一、心中に喜神を含むこと(つねに喜ぶ心を持たなければいけない)

二、絶えず感謝の念を含むこと。

三、常に陰徳を積むこと(陰ながら善いことをする)

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そうそう~~いつも心は明るく持って過ごしたいな。


短歌

 秋彼岸亡父母を浮かべてひとりごと「そろそろよんでよ」もう大丈夫よ

短歌

 秋の日やコロナといえど街は皆家族連れ多しにぎやかにぎやか

短歌

 ひとりゆえひとり楽しむあちこちを眺めつ秋を見つけて歩く


              ありがとうございました。



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ポンプから流れ出る水をヘレンの片手に受けさせ、もう一方の手にと綴った。

 二度と生まれ変わることのできない人生に生き
 ているこの刹那刹那は、自分というものがいつ
 も、人生の主人公でなければならない。
               中村天風
 
 中村天風様の言葉はいつも心に響きます。
 どうどうとすることもないけれども、自分で人生の主人公として
がんばりたいな。

 さあ今日は敬老の日。
 ギネスの記録は日本の女性だとか。最高齢117歳福岡市田中力子
さんだそうです。すごいわよね。ビックりだわ。
 
 さあなんだか暑くなってきたわ。
 散歩に行きましたらね。あちこちどこもかしこも人がでていて
にぎやかでした。私は人ごみを避けてでかけてきました。
 白と黄色の、彼岸花を見つけましたが、赤がないわ。
 でも明日には咲くかもしれないから、見つけようかな。楽しみ。

       詩

    相田みつを さま

    いいことは
    おかげさま
    わるいことは
    身から
    出たさび
         みつを

      *

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 ヘレン・ケラーを支えた電話の父・ベル博士
        ジュディス・セントジョージ 片岡しのぶ訳

 アレグザンダー・グレアム・ベルは電話を発明した人で、い
っぽうでは耳の不自由な人たちの教育にとりくんでいた。
ーーーーーー
 後年、ヘレンはベルトの出会いをこう思い出している。
「私はベル博士のひざに抱かれて時計をいじり、時計が鳴るのを
手に感じさせてもらいました。博士には私のサインがわかり、そ
れが感じられたので、私はすぐに博士が大好きになり、そのとき
から博士がこの世を去る日まで、わたしの生涯は彼の理解と愛に
つつまれていました」
ーーーーーー
1887年3月3日、アニー・サリバンはタスカンビアのケラー家に
到着した、このときアニーは21歳。ヘレンは6歳8ヵ月になって
いた。この日を、ヘレン・ケラーは終生「私の魂の誕生日」と呼
んだ。奇しくも3月3日はアレグサンダーー・グレアム・ベルの誕
生日でもあり、この年ベルは四十歳になっている。
 ヘレン・ケラーの自伝には『私の先生、アン・マンスフィール
ド・サリバンが私のところにきた日を、私は生涯で最も大事な日
として記憶しています』
 と書かれている。「わたしはその人に抱きとられ、抱きしめら
れました。わたしにたくさんのことを教えるために、そしてなに
よりもわたしを愛するためにきたその人の腕に」だが、ヘレンは
すぐにアニーになついたわけではない。意地っぱりなヘレンと、
おなじくらいがんこなアニーは、正面から衝突した。髪をとかす、
靴の留具をはめるというごく簡単なことを教えられても、ヘレン
は猛烈に反発した。教えようとするアニーと反抗するヘレンは、
取っ組み合いになった。
 -------
 ケラー夫妻は泣き叫ぶ娘を見るに偲びず、アニーのやり方に反
対した。とうとうアニーは、「ご両親が口出しをなさると、なに
も教えられません。庭のはずれにあるあの離れで、しばらくふた
りだけで寝起きさせてください」と夫妻に頼んだ。
 ケラー家に到着したその日から、アニーはヘレンの手の下に自
分の手を持っていき、(人形) (ケーキ)(おもちゃ)(いぬ)
(赤ちゃん)などの語を綴ったが、それらの名詞と物の関係は最初
はまるでわからなかった。ヘレンの頭の中で、<物>と<名前>
がしっかり結びついたのは。一ヶ月たってからである。その日の
大きな感動を、ヘレンは「言葉の神秘が明かされたように感じま
した」と書いている。
 その朝、アニーは井戸小屋で、ポンプから流れ出る水をヘレン
の片手に受けさせ、もう一方の手にと綴った。
 水!ヘレンはびっくりした。ものには名前があるのね!今、
手の上を流れている冷たいものは、水というのね!「命をもった
その語が、私の魂を呼びさまし、光と希望と喜びを与え、開放し
たのです」
 ヘレンは「あなたの名前は?」と問うように、アニーを指さし
た。アニーは(先生)と綴り、そのときからヘレンはアニーを
(先生)と呼ぶようになる。
 ヘレンの好奇心、向上心はとどまるところを知らなかった。
朝目を覚ました瞬間から夜眠りにつくまで、ヘレンはアニーに
物の名前を聞きつづけた。
ーーーーーーーー
 やがてヘレンは書くことを覚え1887年11月、アレクサンダ
ー・グレアム・ベルに次のような手紙を書いた。

  ベル博士へ、あなたにお手紙を書くのがうれしいです。
  お父さんと叔母さんと一緒に、ワシントンであなたに
  会いました。私はあなたの時計で遊びました。あなた
  が大好き……さよなら、ヘレンケラーより
 
ーーーーーーーー
 1888年にパーキンス盲学校がヘレンの成長ぶりを公表する
頃には世間では<奇跡><奇跡の人>という語がささやかれ
はじめた。
だがアレクサンダー・グレアム・ベルだけは奇跡ではない。
と言いきった。「ヘレンの進歩には目を見張るばかりだが、
これはヘレン自身の利発さばかりではなく、アンサリヴアン
の教育の勝利である」
 ベルは、アニーの教育法―「時間のあるかぎりヘレンに本
を読みきかせる。一日中教え続ける。日常生活を通じて語や
意味を教える。ふつうの話し言葉をまるごと伝え、新しい語
の説明をいちいち加えない」――を絶賛した。
 ベルもアニーも「本こそ学習の原点。わからない語があっ
てもドンドン読ませるために言葉を教えるのではなく、本を
読ませて言葉を覚えるさせるだろう」と語っている。
ーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ヘレン・ケラーさま、立派でしたね。映画になりみましたが。
 素晴らしい人でした。

短歌

 敬老の日ギネス一位の日本人117歳だったかな驚き

俳句

 秋陽射し公園家族が遊んでる

川柳

 父親の大声聞くとひやりひやり

          ありがとうございました。


「病はおそろしきものならず」・・・自然良能作用が旺盛に活動するという真理と事実を考えれば・・・

 いかなる人を賢というか?
      あらゆるものから何かを学びとる人。
 いかなる人を剛(強)というか?
      自分自身に打ち克つ人。
 いかなる人を富というか?
      自己の分に満足する人(足るを知る人)。
           ユダヤ法典・タルムード―――

 自己の分に満足する。そんな消極的なことでこの生存競争 
 の激しいときにやってゆけるか、とよく人が考えるのです
 けれども、これは凡人のあさはかさであります。もちろん
 自己の分に満足すると申しましても、自己の分とは何ぞや
 というと、なかなか大変な問題でありますが、要するに足
 るを知るということです。”たる” という字に『足』を当
 てていることに注目しなければなりません。なぜ足を当て
 て手を当ててないかということを考えてゆくと、無限に興
 味のある問題であります。        

 事足れば足るにまかせて事足らず足らで事たる人ぞ安けれ。
                    天海僧正

 一説には沢庵の作ともいわれております。
                    安岡正篤

      *

 そうなんだそうです。難しいな。なんでだろう?

 さあ、今朝、散歩に出ましたが、曇ってっていましてね。
 でも晴れてきました。
 散歩からの帰り、ご近所さんに会いましたらね。
「今日は人が多すぎるから駄目ね。コロナがこわい~~」と。
そうなんです。どこへ行ってもあちこちに家族連れ・カップル
やらいろんなあらゆる人たちが街を散策しておられます。
 皆さん楽しそうでいいな。家ばかりにはおれないわよね。

     *

 聡明だけで男女がうまくいくなら二宮尊徳も孔子も
 ソクラテスも結婚生活に苦しまなかったはずである。
        遠藤周作「ほんとうの私を求めて」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  中村天風
    一日一話    中村天風 著

  病は怖ろしきものならず

  一日も早く病を回復させ、本当に丈夫な
 人間になろうと思うなら、断然病などに負
 けてたまるかと、一大元気を心の底から煥
 発することであると、繰り返して進言する。
  ましてそうすることによって自然良能作
 用が旺盛に活動するという真理と事実とを
 考えると、病というものをひたすらに怖れ
 る必要は少しもないのである。

 「病は怖ろしきものならず、これを怖れ
 る心こそ怖ろしい!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
短歌

 彼岸花散歩の途中で見つけたり町でも咲いてるうれしくなった

俳句

 彼岸花街の公園咲いてうれし

川柳

 誰も見ない彼岸花咲き吾うれし

         ありがとうございました。


 
*CommentList

「良いことと、悪いことの分別を持って生きなさい」 武山廣道 さま

 諸君のなかで、
  1、世の中が面白くない。
  2、何をするのも面倒くさい。
  3、仕事に情熱、好奇心もあまり起こらぬ。
  4、ゴロ寝をすぐしたくなる。
  
  以上のような気分がある人がいればウツ病の疑いがある。
               遠藤周作「ぐうたら人間学」


 今日は昨日の幼馴染から電話が入る。
「昨日楽しかったね。あの産直野菜 枝豆・茗荷・小松菜・
 美味しかったよ。秋刀魚の干物は格別美味しかったよ」
「うん、私も買ったよ。枝豆おいしかったわ」私は今夜は、
息子夫婦が刺身と里芋を買ってきてくれましたのでね。
里芋は味噌汁にしたら美味しいし、刺身も久しぶりで最高。
駅の構内での産直の野菜やらさんまの干物やらを売ってた。
が、ほんと、幼馴染のマドンナちゃんは、ご主人様がとて
も美味しいと喜ばれたとの事ことで、よかったね。と電話
で話す。 ありがたいな。感謝だわ。

    相田みつをさまの
     「詩」

   風雪に耐え
   ただけ
   土の
   中に根が
   張るんだな
      みつを

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   しあわせは
   いつもそばに         武山廣道 著


  欲があるから、捨てられる
    「良いことと、悪いことの
     分別を持って生きなさい」と
     小さな頃に育てられたが。
     大人になって、
     それはそんなに簡単じゃないと気づく。

     誰かに優しくすれば
     良いことをした見返りを
     期待している自分がいる。
     けれでも、
     そんな自分に気づくことで、
     もっと謙虚に生きようと思えるようになる。

     欲にまみれる自分と
     欲から逃れようとする自分、
     それは別々のものではなく
     表と裏の両方があってできている
     一枚の紙のようなものだ。

     さまざまな欲を持つ自分がいるから
     欲を捨てようと努力ができる。

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短歌

 咳き込みて恥ずかしくなる老いというこのやっかいなどうにもならぬな

俳句

 我が心秋の風吹く老いゆく日

川柳

 しみじみと深く考え生きていこう


            ありがとうございました。



”ポン・アペティ” フランス人が交わす挨拶語の中で、この言葉が一番美しいとされてます。”かしこく食べる”ことに次いで”おいしく食べる”

 「よいことはよい」「悪いことは悪い」といえる人であり、

 「よいおこないをしたい」「悪いことはしない」そういう

  人でありたいな。出来てないからがんばりたい。

                  フェアリーグランマ


  人間尊重      ――――「狎れ」をいましめる

  お互いに礼をする。すべてはそこから始まるのでなければならな

  い。お互いに狎れ、お互いに侮り、お互いに軽んじて、何が人間

    尊重か。

                        安岡正篤



 さあ今日はなんだか秋晴れで心地良い。

 朝散歩に行ったが3370歩だわ。もう少し頑張らないとね。


 午後息子夫婦が来てくれてね。

 ビデオの調子の悪いのを直してくれた。

 だから、イマはバッチリ 写るようになってありがたい。

 うれしいな。


 刺身も買ってきてくれたので、夕ご飯はお刺身だわ。

 ありがたいな。


 うれしいよ。


         *


 「生きる勇気が湧いてくる本」

          遠藤周作 著


  (母は)私を励まそうと思ったのか、

  「あなたは大器晩成よ」

   と言った。

   だが小学生の私にタイキ・バンセイの意味が

   わかる筈がない。しかし私はそう言われたこ

   とが非常に嬉しくて、友だちや近所の人に、

  「ぼくはタイキ・バンセイだって」と言いまわ 

   っていた。そしてそのうち頭がこんがらがり

  「ぼくはバンキ・タイセイだ」と言い大人たち

   にわらわれた。   「落第坊主の履歴書」


       *


   

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 この考え方があなたの人生を決める

             松原泰道 著



 幸田露伴ば娘さんに教えた「美しくなくてはならない」理由


 南無の会の機関雑誌・月刊『ナーム』通巻248号

「特集・考えて食べる」で、糖尿体験を持つ鴨志田恵一さん

(「アエラ」スタッフ・ライター)が、


”ボン・アぺティ(おいしく食べましょう)”


 という、フランス語の食前のあいさつ語を紹介されてい

ます。

 鴨志田さんは、フランス人が交わすあいさつ語の中で、この

言葉が一番美しいとされます。


 ”かしこく食べる”  

 ことに次いで 

 ”おいしく食べる” 


は、やはり、食事について最も適切な忠告でしょう。

 鴨志田さんは、ある日新宿駅構内の大衆割烹店でビールを

飲みながら、見るともなしに向かい側の男性があつらえた

「刺身定食」の食べ振りを観察します。その人は60代半ば

の、一見東北地方からの出稼ぎ人で、都会人にはないゆっ

たりさがただよっています。

 鴨志田さんは、この人の食べっぷりを見て


「この人物は食事の達人である!」と感動

します。


 彼は食べることが上手なのだ。味噌汁を静かにすする。

ご飯を一口、よく噛みしめて食べる。マグロを一切れ、

ゆっくり咀嚼する。ご飯、味噌汁、お新香、それから小

鉢のおからと順に回してはしが動いている。

 口を閉めてよく噛む。が、のろのろしているわけでは

ない。実によい速度。料理を少しずつ、順番に巡るその

はしの動きも気ぜわしくないのだ。的確に動き、間とタ

メが何ともいえない。物をつまんで口に入れればいい、

というものではない。つまむ直前、口に入れる前、ほん

のわずかの間と緩急があるのが美しい。

 また食事全体のぺースがよい。かなりの空腹のはずだ

ろうが、むさぼっていない。

 急いで口いっぱいにほおばったり、汁で流しこむよう

なことはしない。適量が適時に、ワルツとブルースの中

間のようなリズム、楽しく口に入り、噛まれ、呑まれて

いく、そして。彼の身体全体から

 「うまいなぁ」

 という雰囲気が立ち昇るのである。ここが感動させる

のだ…………



 と、鴨志田さんの観察は精密ですが、いわれてみると、

この人は確かに美しく食事をする”達人”です。

 文豪の幸田露伴が愛娘の文さんに「女は掃除するにも、

食事するにも、美しくなくてはならない」と、いつも言

っていたそうですが、それは男性にも同じです。

 いまは自分のしていることすべてに徹するなら、傍か

ら見れば美しく見えることに間違いないし、達人に感じ

るのです。 

 徹するとは、そのものに成り切るのです。

 三昧(一つのことに心を集中して、他のことを考えな

い)になることです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 でも、そうですよね。大事なことです。父も母も明治生

まれですので、食事の躾はとても厳しかったです。箸のも

ち方置き方・茶碗の持ち方・食べ方・座る姿勢・等々・・・

・・・・・

美しくがいいですよね。すべてはありがたいなぁ~~と、

しみじみと思い出します。両親のおかげだわ。


・・・・・・”かしこく食べる”・・・・・・・

・・・・・ ”おいしく食べる”・・・・・・・



短歌


 秋陽射し心地よくて今はればれと散歩するなり幸せ感じて


俳句


 公園で多くの人ら秋がゆく


川柳


 「がんばろう」ひとり掛け声癖なんです


               ありがとうございました。



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プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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