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おばあちゃんのひとりごと

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いちばん素晴らしい飲み物は、悪口を飲み込むことである

 

 今日は、愛知県の大村知事がテレビに出て語っておられましたが?。
 愛知県で独自に、”緊急事態” を宣言するという。当然でしょうね。

 今日は文芸仲間の友人からの手紙でね。ご主人様が脳梗塞で入院され
たという。お年だから心配になる。今日、手紙を書こうかなぁ~~。

 ニュースを見ていると、こういうときに悪いことをする人がおられて、
見ていてびっくり。信じられないな。
 

短歌

 つらき日はなぜか大笑いしたくなりわたしはどうも天邪鬼らし

川柳

 医者はいう年相応で仕方ない

川柳

 鏡見る老眼かければしわばかり
 
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「幸せは急がないで」青山俊薫
          
          瀬戸内寂聴 編

 

 -口の中の斧ーー  

 人が生まれたときには
 
 実に口の中に
 斧が生じている
 
 人は悪口を語って
 
 その斧によって
 
 自分自身を斬るのである 

  昔から ”その人が他人の悪口をいうかいわないかで人格を判断できる”
といわれます。 悪口というものは、たとえそれが事実であっても、他の
人を批判する結果になります。
 
 しかも必ず自分自身の欠点は棚にあげ、まったく自分を省りみない自分
勝手が幅をきかす
ことになってしまいます。
 なぜなら、本当に自分を
省りみれば、とても他人の悪口や批判をする権利などあろうはず
がないか
らです。
 しかし私たち凡夫はその自分勝手に気ずかない。どうやら人間
というものは自己愛、自己
過大評価、自惚れといったものから逃れられな
い存在で、最初にあげた仏説にある「口の中
の斧」を、確かに持っている
と思われます。
 そのために、この世の中には、他人への悪口や批判が絶
えません。

 日蓮上人もこのことをとっても憂慮なすって、いちばん素晴
らしい飲み物は、悪口を飲み込むことである 。とおっしゃっておられるほ
どなのです。ではこの”斧”は何でできているのかといえば、煩悩です。
 煩悩は大晦日につかれる除夜の鐘の数でおわかりのように、大きくわけ
て百と八つあります。

  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 
私は人の話を聞くのが上手です。私は学問のある他人が全部私よりよく
見え、どんな話でも素直に耳を傾け、自分自身に吸収しようとつとめま
した。よく他人の意見を聞く、これは経営者の第一条件です。
                          松下幸之助

いわぬが花 、話はあまりしないがいいといった意味の言葉の諺が、日本
ほど多い国はない。それが美徳で、処世の知恵と言われる。                          「昔からの言葉」    

 「美しく話すことは、いかに美しく聞くか」ということです。つまり
「話し上手は聞き上手」で、言葉を変えれば、「美しく話すことばは、
いかに美しく黙るか」につきます。
          楠本憲吉

 
 


         ありがとうございました。
          むかし書いたブログを、少し変えてみました。


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*CommentList

「なぜそんな必要があるのでしょうか。少しだけど充分食べるだけあるのに」・・・・

  一日一日を懸命に生きれば、未来が開かれてくるのです。正確に
  将来を見通すということは、今日を努力して生きることの延長線
  上にしかないのです。          稲盛和夫


 さあ今日も一日が過ぎていきます。
 朝は心配だけれども、整形外科に受診。気の合う看護師さんと話し
がゆっくりできた。私はリハビリしてる間ね。とてもいつもより空い
ていたからね。そして先生とは、何でも話せて楽しい。最近首筋も痛
いので「先生でいいのかしら~~」って、聞いたらね。レントゲンを
とってね。「年齢から~~~」加齢よ~~かぁ~~私ね。作った川柳。

   ☆「加齢です」診察の医者そればかり☆
            フェアリーグランマ

 この春、息子が4月から東京へ転勤になった。忙しそうで心配した
が、なんせ何もしてあげられないおばあさんのわたし。
 今夜電話をくれたからホッとした。
 嫁も元気そうだし、ありがたい。ありがたい。
 私よりかは賢いからいらんことを言わなくても、いいな。ふふふ。
 あーあ ありがたいわ。
 いま、満月を見ようとしたら、雲がいっぱいだった。
 昨夜 見れてあーあ ありがたいな。
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  成功への情熱
             稲盛和夫 著

 アアフリカ原住民の知恵

 霊長類学の権威として知られている。井谷純一郎先生(京都大学名誉教授)
は、アフリカのコンゴ山中をよく訪れます、あるとき、チンパンジーの研究
に向かう途中で、小さな村の住人が狩猟するの機会に恵まれました。そして
先生がそこで目撃したことは、驚くべきものでした。

 村人たちは、鹿やシマウマを捕まえに、グループなって出かけました。全
員で狩りをすれば食べきれないほどの量が確保できます。ところがひとりの
狩人が獲物を一頭捕まえると、全員が狩猟をやめてしまい、その狩人が意気
揚々と村に戻って行くあとに従ったのです。そこでは定められたルールに従
って獲物は全員に別けられていました。獲物を捕まえた狩人は、一番大きく
て美味しい部分をとり、それを自分の身内や友人に別けます。彼らは貰った
分け前を、さらに自分の身内や友人に別けるのです。こうして皆が分け前に
あずかりますが、分け前の量は、獲物を捕らえた狩人に対する関係の近さに
正比例するわけです。

 井谷先生は、一人の若者に、なぜ自分で獲物を捕まえるまで狩りを続けな
いのか、とたずねました。そこで若者はこう答えたのです。「なぜそんな必
要があるのでしょうか。少しだけど充分食べるだけあるのに」。彼は森の共
生と循環の法則に従って暮らすことに、満足していたのです。

 調和を持って共存しようとするならば、貪欲になってはならないのです。

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 考えられないようなですよね。欲深い自分がいるわ。ふふふ。

 チンパンジーも村人と同じように大きな獲物を捕らえると、同じようにす
るそうです。必要な分だけ狩をするという。・・・・・驚きですよね・・・・

短歌

 ヤベエ・マジマジカョーの声元気なる楽しげに行く若き人らよ

俳句

 欲深き人の心は闇の中

 知らぬ間にわたしの欲も深くなり


              ありがとうございました。
*CommentList

なせばなる なさねば成らぬ何事も 成らぬは人の なさぬなりけり

 こんばんは、これは、とても好きな逸話です。
 昔のを、もう一度、・・・・。

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「大和古流の「躾」と「為来(しきたり)」
                      友常貴仁 著

 「聖徳太子以来の精神を、大事にしつづけた家伝……まことに想像を絶する
  
 一子相伝の世界}

 ーーなせばなるーー
 

  ーー省略ーー
  
 実は、”なせばなる…” の和歌を知っていた有名なアメリカ人がいました。
それは昭和
36(1961)年に、アメリカ合衆国 35代大統領に就任した
ジョン・F・ケネディで
す。
 彼は当時、日本の記者から、

  「日本で最も尊敬する人は誰ですか」
 と問われたとき、即座に、
 「上杉鷹山」
 と答えたのです。

 そして、
「日本の政治家としての理想は、鷹山公のように努めることで、
今、アメリカも大事な時
であるから、私も必死に頑張るつもりである」 

 と語られたのです。

 「上杉鷹山」なる人物は、米沢藩という田舎の小さな藩の殿さまです。しかし、
この殿様、
ただ者ではありませんでした。米沢藩がたいへん貧困であった実
状を打開し、行政改革、
財政立て直しに成功した名君なのです。
  
・学問の根本は此の身を修めるということが第一義である。

 
・起居動静、学問でないものはない。   
・実践と方法が日常性である。 

 細井平洲先生の指導のもと、しっかりとした学行一到の修業をされた末の大
事業でした。そ
の鷹山公の生涯を通じての信念の一詠こそ。

  

 なせばなる なさねば成らぬ何事も
   
    成らぬは人の なさぬなりけり 

 であったのです。当家では、、この一言、鷹山公の魂霊ばかりでなく、母堂
の魂霊まで言って
います。そして、どのような困難に出会ったときも遅れるこ
となく努力精進ができる心構えが、
でき上がっていくのです。毎日毎日、母の
念仏のようなぐらいに存在した。 
 ”なせばなる……”は、今、当家の幼子たちの苦難を乗り越えるためにも、た
いへん重要な言
の葉となっています。 
 ”なせばなる……”と聞くと、何か不思議とどんな困難なことも乗り越えられ
るような心持ち
となってしまうのです。幼子とても同様に感じているようです。

 
一日に108本の矢数を修業すれ弓術、幼子にとってたいへんであったと思い
ます。その積み
重ねが初奉納という「晴れの日」の瞬間をもたらすのです。
父子。早朝より神前礼拝を行じ、種々の為来(しきたり)のあと幼子は斎場、
結界へと自らの
足を踏み込んでいきます。
 幼子は父である私の目を見て、
必死に今の今、何をなすべきであるのか尋ねてくるのです。
 当主である私は、
冷たく視線をはずしました。

 その瞬間刹那です。幼子が神と直接対話しだし
たのです。まことに神々しい姿でした。

 完全に人間独り自立の姿なのです。 
 そうなりますと、反対に当主であったはずの私が父親になってしまいます。
検見という役を忘
れて稽古修業の折々の所作どおり、”失”なく行ぜられること
を心から念じ、願うのみでした。
 まだまだ幼子には無理な行、次代を早く育
てたいという当主の願いに無理な行を乗り越えよう
とするわが子です。 
 母堂も奥も、一族みなみな見守るばかりでした。
  深夜にわたる稽古修業
どおり、神に導かれ
て行くずる幼子。無事初奉納を行じ戻ってきたときには
”なせばなる……”の名詠、父子の
暗黙の会話でありました。
 
 たった三十一文字の言の葉が人を支え、心強め、神々しい姿にまで幼子を導
く力があること
を、今更ながら感じ入るのです。

 一度、自分の心で自らの足
で進むことを覚えた人間は安心です。いつでもその時の心境を思
い出し、示現
できるものですから……。それが人生自立の第一歩です。この自立の第一歩を

み出させるため、親として当主として導いてきたのです。その試験を無事越
えた幼子の姿こそ
、次代、未来への第一歩でした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー    

  家庭とは、美しい奇跡……生命を与える奇跡と愛を与える奇跡……
                  フランスの作家 D・ドゥコウン
 
 
    

 世界でいちばん有能な先生によってよりも、分別のある平凡な父親
    
 によってこそ、子どもはりっぱに教育される。
                        ルソー「エミ―ル」


    

 草木のさやぎにも神の声が聞かれた遠い古の代から、歌は神や人と
    
 ともにあった。
           風巻景次郎「中世の文学伝統」

   

 なにごともなせるように努力することなんだ
       
       
 その苦労に、芽がでて
       
 その努力に 花が開く
 



              ありがとございました。

      

  

      
       
       
       
 
*CommentList

小堀遠州という万能の芸術的天才であった人を思う。

  誇りを持つと
  自信がわいてくる。
       
    誇りを棄てると自信を失い、自信を失うと正しい判断
    をができなくなる。まず、原点に戻り、自分自身に誇
    りを持つことが大事。   春日大社権宮司
                       岡本彰夫

 
 さあ今日も一日が過ぎていきます。コロナでね。
 皆さんがいろいろと出かけないで過ごす工夫をしておられる。
頑張らないとね。
 
 今日の ”小堀遠州” さまを思うと亡き父が浮かびます。
 私がまだ4~5歳くらいかなぁ? 明治生まれの父は、庭師さ
んといろいろと打ち合わせをして、我が家の庭に庭園つくりを始
め、京都へも何度も行ったりしながら、庭師さんとの庭つくり。
 我が家やの座敷の一間の廊下で椅子にかけて、その庭を眺める
のがとても好きで娘の頃は、私も父と庭の四季を眺めたものです。
 そういう時間が好きでした。父はそういうときにはいろんな話
をしてくれるのです。春に咲く花を眺めれば、花を教えてくれ、
池には金魚が泳いでいました。なんだか幸せだったんだな。
 築山がふた山にそこには、ひょうたん池。その池には石の橋が
かかり庭石が素晴らしく川石・山石・やらね。その造った当時の
はきっとなんにも知らなかったけれどもね。長い時間かかり、父
がいろいろと・・・・話しをしてくれてそのよさを知りました。
苔がとても大事なことやら、植木がとても大事なことやらね。だ
から~~~~そこで小堀遠州という人を知りました。
 観光ででかけたあちこちで、ここも?小堀遠州?~~とね。

 小堀遠州の話も聞いたものですが~~~今は実家のその家は、
こわしてなくなりました。頭の中には思い出が浮かんできます。
実家は今風の家がいいということで、もう20年以上も前にね。
なんだか、いろんなことは長い人生の中では、ね。いろいろと変
わっていくものです。時代の流れなんです。
 小堀遠州のことを読みながら、昔が懐かしく思い出しました。

      *

  ☆心の中にある☆
       フェアリーグランマ

  思い出の中に
  我が心の中に
  父はおられ
  母はおられる

  そして思い出は
  なつかしく
  こころが温くなる
  守ってくださると感じる

  ああありがたいな
  
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 日本の誇り
             岡田幹彦 著

 小堀遠州
   自然と一体、庭園美の創造
               小堀遠州
               天正7年~正保四年
               本名は政一。近江国出身。
               安土桃山時代から江戸時代前期
               にかけての大名、茶人、建築家
               作庭家。備中松山藩2代藩主、
               のちの近江小室藩初代藩主。

 小堀遠州は江戸初期に活躍した万能の芸術的天才であった。
遠州は日本一の造園家、建築家、工芸設計者であり、美術品の
優れた鑑定家であり、茶道においては利休、古田織部亡き後、
天下一の巨匠とうあたわれ、歌道、書道にも秀でた総合芸術家
であった。
 小大名として徳川幕府に仕えた遠州は、為政者として敏腕を
振う一方、天与の建築、造園の才能を認められ、作事奉行とな
り数々の大仕事をした。寛永度の京都御所並びに仙洞御所、二
条城行幸御殿、大阪城、名古屋城、駿府城の造営、そして数
寄屋(茶座敷)造りに指導的役割を果たし、その天才ぶりに発
揮した。当時の主要建築はみな遠州の手になった。
 また造園、作庭においては仙洞御所庭園、二条城二の丸庭園、
金地院(南禅寺)鶴亀庭、南禅寺方丈南庭、京都の孤蓬庵庭園、
江戸城西の丸新山里、岡山県高梁市の頼久寺庭園など今日に残
る名庭園を手がけた。
 天才建築家であった遠州は建物にともなう庭園を極めて重要
視した。遠州において建物と庭園は不離不可分、表裏一体のも
のであった。自然を親愛し、人間と自然の一体感に生きる日本
的心性が遠州という傑出した作庭家を生んだのである。遠州は
江戸城西の丸新山里において富士山を借景に取り込んでいる。
この時期盛んになった借景庭園も遠州によって完成された。世
界に比類のないわが国庭園美の創造者として遠州の那覇不朽で
ある。

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 短歌

 つつじ咲き始め驚き亡義祖母が好きで喜んでいた姿が浮かび

俳句

 ひとりゆえ夕餉はビール今夜呑むか

川柳

 老眼をかけてたら皺がわぁすごい

             ありがとうございました。


 
*CommentList

「うちはいつも無理の上に胡坐かいて生きてきたんどす」・・・・広岡浅子さま。

 ◆商売上手は、一に才覚、二に算用、三には始末。

 ◆一歩退き、時を稼いで静まるをまつ。

 ◆商いで儲けた利益はできるだけ、社会に還元することにしよう。

                 「広岡浅子の人生語録」より

 いくつかのなかの一部ですが、やはりね。

 なんだか、ね。今日はとてもいい天気です。人ごみは避けてね。
散歩には出ました。そして足りない歩数は、部屋の中を歩きます。
こういうときは、まるで、獣になった気がしてね。歩くのです。
 なんでもが自分のためですものね。頑張らないとね。

 広岡浅子様という女性は素晴らしいですよね。読めば読むほどに
魅力的な女性です。堂々としておられ凄い女性で、よく思うのです。
 コロナの中で、その中で、悪いことを考える人がおられる。才智
があるから考えられるのでしょうが、その才能をいいほうにいかす
ほうに使ったらな・・・なんて、私は思うのですが・・・・ね。
 
 せっかく生きているのですものね。喜ばれることをしたらね。私
は才智がない~~喜ばれるようないいことが浮かんだらいいのにな。

     *

  ☆いいことに知恵をつかう☆
        フェアリーグランマ

   なんでもを
   いいほうに考えて
   喜んでいたい

   なんでもを
   いいことにとり
   喜べる人でありたい

   わるくとれば
   なんだってわるくなるもの
   すべてをいいほうに感じたい

   それがいいと思うなあ
 
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 「九転十起」
    広岡浅子の生涯     古川智映子 監修

 11の面白エピーソード
 <この11の中の2を>

 銀行の神様に教えられた ”人材をつくる” 精神で
 女子行員を採用  実業家 渋沢栄一

 広岡浅子は、加島銀行設立を前に「銀行の神様」との異名を持つ
実業家・渋沢栄一に手紙を出し、教えを得るために面会を求めた。
渋沢は大阪訪問時に浅子に会うと、「銀行経営にとって大切なもの
は、金ではなく信用。日本の産業振興のために誠実な人材をつくる
べき」と教える。
 浅子は渋沢の志を見習い、加島銀行設立の際、女子行員の採用を
断行すると、その教育に力を入れる。お揃いの濃い紫の袴に矢絣の
着物、銀行のマークの入った上っ張りをはおった爽やかな彼女たち
は評判を呼び、銀行の客足も伸びた。
 その後も渋沢には、女子大学校創立時に多額の寄付をしてもらう
など、さまざまな機会に助言、助力をしてもらった。

   **********

 日本初の女子大学校創立のために奔走した山高帽の
 おかしな二人 
      大阪梅花女学校校長 成瀬仁蔵
      京都同志社大学教師 麻生正蔵

 加島銀行が軌道に乗ってきたある日、浅子は成瀬仁蔵という教育
者の突然の訪問を受ける。身なりに構わない成瀬の着物はくたびれ
きっていて、まるで水にふやけたワカメを身にまとっているようだ
った。しかし、浅子は彼の高潔な人柄と熱い想いを看破する。
 やがて、女子の大学校をつくるという成瀬の目標に浅子も協力す
ることになる。同じく教育者の麻生正蔵も、成瀬とともに女子大学
校創立のために奔走する。成瀬と麻生は寄付金集めのときは、訪問
先に敬意を表して山高帽にフロックコートの正装。しかし、人力車
代を惜しみ古自転車で走り回るなど風変わりなふたりは、大阪中で
評判になった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

短歌

 空耳かなんだか亡父母の声のして春風のなか耳を澄ましてる

俳句

 ベランダの戸をあけ春風まねきいれ

川柳

 さようなら友と別れて会話想い


                ありがとうございました。


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プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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