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おばあちゃんのひとりごと

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米国でも、大学にはトランプ氏とは正反対の開放的で寛容な多くの学生がいる。

 一流の男の背景には必ず母親からの影響がある。

                    堀内政三      


 国の政は家訓にもとずき、家訓の善悪はその母親次第だ。

 母の心情、意見、教法、礼儀がその子が成人した時の心情・意見・教法・礼

 儀になるよって一国の文明はその母の文明にもとづくことがわかる。

                    中村敬宇


 とても大事なことですよね。

 そうなんでしょうね。私も好い加減な母でしたので、ハッとします。

 今なら、もう少しいい母になれた ”かも” ですが、子らには、申し訳なく

心から思うのです。もう、むかし むかしだわ。


 さあ今日は、携帯に、わけのわからない番号がかかりましてね。

 気持悪いけど、たまに、何かの用事で知らない番号からかかることがあるの

で、出ようとしたら切れました。こういうときはかけてはいけないと、子らや

孫らに注意されていますので番号を控えておいて、公衆電話でかけてみました。

「お金の必要な方は・・・・・」

 と、なんだかわけのわからないようなテープがしゃべっていました。なんだ

か怖くなり慌ててきりました。いろんなことがあるのですね。怖いな。




       *


 ☆ 悪いことはしない ☆

            フェアリーグランマ


   いろんなことは

   あるものです

   悪いことを

   考えてそれを実行するという

   そういう人がいる

   恐いし許せないことです


   あたりまえのように

   出会うと微笑みかわし

   出会いを喜び自然と笑顔になってる

   太陽のように心は輝かせて

   溌剌と颯爽と出会いを喜ぶ


   嬉しいものです

   一度しかない人生を

   素晴らしく生きてください

   そういう日日は幸せがいっぱい

   一生懸命そういう日日を過ごしましょう


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 世界でもっとも貧しい大統領

 ホセ・ムヒカ                佐藤美幸 著

  <日本人に贈る言葉>


 「私たちの時代と違って、将来は労働者にも教養が求められる。ですから、若い

人たちは、みんな教養を身につけなくてはならないと思います」

 私が取材したとき、ムヒカ氏はこのように語った。

 だからなのだろう。氏は<学ぶ機会を最大に活用してください。青春は、鳩のよう

に一瞬で飛び去っていきます>などと、若い世代に向けて、「学ぶことの必要性」を

説くことも多い。

 氏の言う「学ぶ」とは、ただ学校に行けばいいということではない。中学から高校

へ高校から大学へ――と進学すればいいということでもない。


 <若い時代は多くのこと学ぶ機会がありますが、通学するだけでは不十分。将来の

ために、”学ぶ意志 ”が必要>


 ということだ。

 ”学ぶ意思” の中には、例えば、”本を読む” ことなども含まれる。ムヒカ氏自身は

読書家として知られ、若い頃から実に多くの本を読んでいる。本を読むことに格別の喜

びを感じるとも言う。

 <私たちは素晴らしい世界に生きているが、必ずしもその素晴らしさが見えているわ

けではない。人は美しいものの横を通ってもそれが見えないこともあるようだから、私

たちの目を開いてくれるものが必要だ>


 その「目を開いてくれるもの」が、例えば本だとムヒカ氏は主張する。

 

<役に立つ本というのは、私たちを考えさせ、生涯心に残るようなものだ。教養が与え

てくれる知識の役割というのは、間違いなく、より良い人生に向けて私たちの目を開い

てくれることだ>

 読書をはじまとし、意志をもって学んだことは知性となるが、その知性を身につけた

若者に、ムヒカ氏は期待もしている。

 

<ドイツやスイスでも政治に不満を持つ多くの若者に会った。市場主義に流される人生

は嫌だという。たっぷりの教育を受けた世代だった。米国でも、大学にはトランプ氏と

は正反対の開放的で寛容な多くの学生がいる。いま希望を感じるのは彼らだね。貧乏人

の意地ではなく、知性で世界を変えていこうという若者たちだ>


<知識や知性というのは、行動をともなったときに、価値あるものへと変貌を遂げる>


と言うムヒカ氏。若い世代の知性が「変貌を遂げる」ことに希望を託しているのである。


―――若さを奮われてはいけないよ。

   ちょっとずつ使いなさい。

   そう。まるで素晴らしいものを味わうように………。

   生きることにまっしぐらに。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・・・・・命を大切にすることを願います。

     (命は)一番大切な財産です。

     人生は素晴らしく生きなくてはならない。・・・・・


 ですよね。ムヒカ氏の言葉ですが、人生を素晴らしく生きなくてはね。

 私も、老いてこうして学びまして、ハッとします。遅すぎますが、でも、

 気がつけることがいいな!なんて思うのです。甘い私!



短歌


 どん底は笑い幸には嬉し泣きひとり居の上手く生きる秘訣よ


俳句


 春近し田舎はつくし出てるかな


川柳


 老いゆえに誰にもついつい声をかけ



               ありがとうございました。

 

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仲良くなるには好かれようとしてはいけません。「媚びた気づかい」は必ず見破られます。

 自分の気づかいで喜ぶ人がいる。それを知るだけで気づかいの

 レベルは上がります。好かれようとしなくても、慕ってくれる

 人が増えてきます。

                 上田比呂志


 そうですよね。自分の気づかいで喜ぶ人がいる。ね。いいですね。そこですよね。


 さあ今日は朝どこへ行こうか?とエレベーターに乗りましたらね。

 後を笑顔で追っかけて見えた同じ階の美人の奥様がエレベーターでご一緒になった。

優しくていい方で、話しながら、話が楽しくてついハグしちゃった。1階に着いたら

よく知ってる方がカメラ見ておられたか?

 キョトンされてて、笑え……そうじゃん、エレベーターには、カメラがついてて玄

関で丸見えだったな。顔馴染みの八百屋さんの奥様だったが笑顔だった。楽しい。


 そのあと、久しぶりにバスで出かけて、すっかり疲れてヨレヨレになって帰ろうと

バスで帰ろうかとしているとき、電話が入る。

「名古屋に来てるわよ。遊びにいらっしゃいよ」と、東京の友人からの電話が入る。

「はい、いくね・・・・」と、地下鉄で出かけたら、頭の回転が悪く迷路にはまり、

「ごめんなんさい。道がわからなくなっちゃった?」と、電話をかける。

「ひとつ早く、地下鉄降りちゃったわね。もう一度、乗りなおさないとね」

「そうかぁ間違えたわ。もうくたくただから帰るね。また今度見えたらね・・・」

 と、もうヘトヘトになり帰りました。さきほど、夕方、電話が入り、

「東京に帰るからね。近くへタクシーで行くから渡したいものがあるのよ・・・」

 ああ、ありがたいことで、慌てて言われたところまでゆく。心優しい気づかいが

ありがたいのです。東京の珍しいお土産をいただく。そういう ”気づかい” が、

いつも素晴らしいのです。ありがたくてね。感謝するのです。

 そして郵便受けに手紙が・・・・。

 今日は、素敵な便りが届いていました。知らないお名前なの?どなたかしら?

 楽しんで封をあけたらね。


   前略、去年岡崎行きの電車の中で知り合い、私の

   シャンソンの発表会に、と、おっしゃってくださ

   いまして、ずうずうしく、3月22日の招待状を送

   りします、お時間の都合ができましたらお出かけ

   ください。


 と、招待状が送られてきました。 

 なんでもをわすれてしまう私。お顔も忘れてしまったけれども、楽しみにいこ

うと思うのです。思い出すのは、菩提寺にお参りに行くときにお隣に座られた方

で・・・・スーツケースをもっておられたので、声をかけたんだったな?・・・

シャンソンを聴きに行かせていただけて楽しみだわ。嬉しいしお礼を書こうかな。



        *


 ☆ なにげない ☆

        フェアリーグランマ


   なにげない

   やさしさが

   あちらから

   こちらから

   つたわってくる

   

   なにげない

   家族たちの

   優しさにかこまれ

   明るく喜んで

   楽しんで過ごす

   

   なにげないなかにある幸せ

   ありがたいのです

   

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   日本人しかできない「気ずかい」の習慣

             上田比呂志 著


 好かれようとすれば

 誰からも好かれなくなる

              シンプルに考える


 千利休の失望

 これは仕事にしても何にしてもそうですが、仲良くなってしまうことが物

事を円滑に進めるための一番いい方法です。

 しかし、仲良くなるには好かれようとしてはいけません。

 好かれようとするあまり「自分を必要以上によく見せようとする気づかい」

は自分のためにならないと思うのです。

 「媚びた気づかい」と言い換えてもいいかもしれませんが、それは必ず見

破られます。

 こんな話があります。


 ある冬、茶人の千利休が大坂から京都に向う途中、友人の家へ立ち寄った

時のこと。

 主人は突然の訪問に驚きつつも利休を迎え入れたのですが、主人の家は手

入れが行き届いています。もてなしも決して豪華すぎず、風流で、実に利休

好みでした。

 しかし、料理の一品にかまぼこが供されたところで利休は気づきます。

 当時かまぼこというのは日もちのしない高級品で、一般庶民がパッっと出

せるようなものではありませんでした。にもかかわらず、かまぼこがあった。

 つまり主人はもともと利休が来ることを知っていたのです。

 周到な準備をしておきながら、まるで知らなかったようにふるまった主人

に利休は失望し、その場を去ったといわれています。


 メッキは必ずはがれてしまう。


 外見がよければよいほど、そのメッキがはがれた時の失望感は大きくなり

ます。

 取り繕う気づかいというのは嘘をついているようなものです。

 ――――省略――――

 「気疲れ」という言葉がありますが、今以上の自分を無理して見せようと

するから疲れてしまいます。だから、続かなくなるのです。

 気づかいというものはもっとシンプルに考えていいと思うのです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「気疲れ」・・・ね。今以上に自分を見せようとしてしまうからなのね。

 暢気にゆっくり、楽しく明るく喜んで過ごしていく日日でありたい。



短歌


 靴が合わずなんだかおかしくたくただ靴よいい子でいてくださいよ


俳句


 予報信じ温いというに寒かった


川柳


 老いたんだ若いつもりではりきって



             ありがとうございました。




*CommentList

「ありがとう」「すみません」「はい」・・・仏教の教えは3つに集約されると教わったことがあります。

  うわさする人の心に鬼が棲む

           フェアリーグランマ


  苦労とはそれがしあわせの種となる

           フェアリーグランマ


 昨夜、幼馴染のマドンナちゃんから電話が入る。

「やっと、抜け出せたわぁ~~またあいたいからね~~」

「ああ それならよかったわ。げんきになったのね。うれしいわ」

 ってね。とこどき ”鬱” になられるとね。閉じこもられるから。

 元気になると電話くださるのよ。元気になると、私が嬉しいのよね。


 さあ今日は雨。モーニング珈琲に行きましたらね、今日は多くの人に

お会いしました。嬉しいことです。会話しないと会話が下手になりまし

てね。ドキリとしますもの。はつらつ奥様も見えたし、ね。嬉しい!


 今朝は久しぶりに姉から電話が入りました。

「元気でいる・・・」

「うん。元気だよ。なんだか、とても、毎日が忙しくてね」

「そんならいいよ。電話が来ないから心配になってね」

「不思議なことがあってね。あの従兄弟にあったのよ」

「へえぇ不思議だね。私と歳が変わらない。みっちゃんだよ。元気だった!」

 そうだったんだ! 姉と同じくらいだったんだなぁ~~?むかしむかしね。

 不思議よね。会えたんだもんね。若い頃にあったままだものねと暫く話す。



        *


   ☆ 人生の四季 ☆

          フェアリーグランマ


    春はまるで

    幸せいっぱいの

    赤ちゃんのよう心はずむな

    嬉しくてないたり笑ったりだよ~~

  

    夏はまるで

    しっかりと学び遊び考え

    楽しみつまだまだ子どもであり

    緑陰に吹く涼風や青年時代を楽しもうっと


    秋はまるで

    人生の半ばをしっかりとゆく

    落ち着いて心地よくしっかりと

    家族を守り生きていくその幸せよ


    冬はまるで

    ただただ感謝が生まれくる

    おかげさまだな ありがたいことだと

    人生を振り返る老年となりふっと幸せがしみてくる


    人生にも四季があるようだわ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 小さな人生論

  ノート            藤尾秀昭 著



 人生の四季を生きる

 ――-省略――――


 しの松原泰道師に以前、仏教の教えは3つに集約されると

 教わったことがあります。


1.厳粛――万物は流転する。いまはという時は2度と再び戻ってこない。


2.敬虔――人はあらゆる「おかげ」の中で生かされている。

      敬虔に成らざるを得ない。


3.邂逅――めぐり合いの連続によって人生はある。


 そして、この3つはそれぞれ、

「ありがとう」

「すみません」

「はい」

 という シンプルな言葉に還元されるといいます。


 万物は流転する中でこの命を生きているから

「ありがとう」

 おかげを返しきれないから

「すみません」

 そして天地が与えてくれためぐり合いは拝むしかないから

「はい」


 もう20年以上も前に教わったことですが、

 この教えはいまも私の中に生きています。


「ありがとう」「すみません」「はい」

 ―――この3つを心の中に繰り返していくことで、人生は

 善き方向に回転していくのではないか、と思うのです。


 人生の四季を健やかに生きるためにも

 いつまでも心に留めておきたい教えです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 これは、誰にでも忘れることなく、案外楽に出来る大事なること。

「ありがとう」「すみません」「はい」こうして過ごせばね。いいよね。

 いつも、心掛けてすごしたいと思うのです。


短歌


 水溜りわざと選んで歩きゆくちいさき頃を思い出しつつ


俳句


 亡舅姑浮かび凍てつく寒さああむかし


川柳


 老いようと楽しいものよ気持ち次第



                ありがとうございました。


一流の人々をお迎えしてとことん楽しませる。礼作法には厳しく、出入りの芸者さんを含めて従業員には「おもてなしの心」を求める。

 他人に要求することを

 先ず自分に要求せよ

           武者小路実篤


 さりげない言葉の中に大事なことが入っています。人をたたいたら、自分を

同じようにたたいてみたらいいと思うのです。その痛さにハッとできるのでは

ないかなぁと思うのです。

 自分が身にしみて痛さを知ることは、とても、大切ですものね。若い頃は、

そういう痛さを知らないでいたかなぁ?と、いじめのことを思うとねそう思う。

 自分が言ったその言葉・態度やらからの傷み、、痛み、いろんな傷つきを自分

も感じたがいい。そう思うのも、自分が老い、やっと気づけたのかもね。

 気づきたいな。


 さあ今日は、若いママさんが高校を見に行きたいというので、誘われたので

一緒にゆくことにして、出かけました。○○駅に着き、高校をわからぬままに

歩きかけ通りをゆかれる人にお尋ねし、向ってゆくと~~わたし、昔々が思い

出されてきた。たしかここいらあたりで、叔父様ご夫婦が酒屋をやっておられ

たなぁとね。ふと見ると酒屋さんがある。店の名前も一緒だった。

「ねえ、私この店は知ってるのよね。あなた高校に行ってきてくれない」

「まあ不思議ですね~~うんひとりで、いってきます。また帰りよりますね」

 と行かれたので、私は店に入ると、従兄弟のお兄さん夫婦がおられ、不思議

な出会いが出来た。私の亡父の亡妹の長男で小さい頃は実家に来ると遊んだな。

「あんたの旦那さんはどうかネ。仕事がんばっているかね」

「もう亡くなりましたよ。もう15年になりますよ・・・」

「ちょうど、私も、胃ガンで手術して昨日、退院してきたところだ」

「癌はいいですよ。ちゃんとなんでもが予想がつくからね~~」

 と、奥様がはっきりといわれる。

「余命も聞いたけれども、あと1年でうまくいけば3年生きられるかもしれない」

 と言われても、そうかぁ?なんともなく聞いている。しかたないなと思える。

お互いにそういう話をその従兄弟夫婦と話せて「亡くなったら連絡するで?」

「まあ いいわ。元気でいてください。お大事にして長生きしてね」

 何十年ぶりかの出会いであるが、不思議なことにこんな話までね。出来たのだ。

 その若いママさんが高校を見て帰ってきたので、帰りました。不思議な日。


 そして、はつらつクラブは、またまた、不思議なことが有りました。

 隣に座られた方とさりげなく会話していたらね。いのしし料理の話が出てね。

「この間いってきたのよ」  

「どこへ行ったの」

「笹戸温泉よ」

「○○屋なの?」

 といろんなことをご存じなので聞いたら、その店の前のガソリンスタンドから

ここに嫁いでこられたというのです。ああなんて不思議。不思議。まあ不思議よ。



       *


   ☆不思議なこと☆

       フェアリーグランマ

  なんだか不思議なんだな

  必要な時には必要なことがある

  不思議なんだけど

  きっと神様仏様ご先祖様が

  見守ってくださっていて

  不思議ではなくちゃんと

  必要な時にあわせてくれるものなんだよね

  ありがたくてそう信じるのです

  そうして手を合わせるのです。


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日本人にしかできない

「気づかい」の習慣

                   上田比呂志 著


 料亭と心  心をもって、正しきことを行う

 一流料亭で学んだおもてなしの心

 

 私は東京新宿区にある「橘家」という料亭で生まれ育ちました。

 橘家は大正末期につくられた料亭です。

 財界人や政治家の方々が好んで通いつめていたそうで、当時の総理大臣がいら

っしゃるのを私も見たことがありました。

 そんな料亭を女手一つで作り上げたのが、祖母です。

 そして、その料亭を改革し、大繁盛させたのが二代目の女将、私の母でした。

 今思い返すと、「人を気づかうとはどういうことなのか」。

 その一番大事なところを教えてくれたのは彼女たちでした。

 橘家に来たお客様は、近寄りがたい空気を出している人でも最後にはにこにこ

笑いながら帰って生きます。そんな様子をはたから見て、「いったいどうやって

いるんだろう?」と子どもながらに思っていました。

 一流の人々をお迎えして、とことん楽しませる。

 それが仕事ですから、とにかく礼儀作法には厳しく、出入りの芸者さんを含め

て従業員には「おもてなしの心」が求められたのです。

 しかし、幼い私には「おもてなしの心」がよくわかりません。

 何をどうしたらもてなすということになるのか。

 だから、ある時祖母に聞いてみたのです。

「おもてなしって何?」

 すると、彼女はこんなふうに教えてくれました。


「ひろ坊、お前の好きな人って誰?」

「おばあちゃん」

「ひろ坊、おばあちゃんが来たら何してくれる?」

「おばあちゃんはおはぎが好きだから、おはぎをつくってあげる」

「他になにしてくれるの?」

「きれい好きだから、お掃除してあげる」

「ひろ坊、それが ”おもてなし” って言うんだよ」


 自分が大切だと思っている人に対して、「この人は何が好きなんだろう?」

「何をしたら喜んでくれるんだろう?」と考え、実際にしてあげること。これ

が気づかいの本質です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 今のいろいろなる ”動画” によるあの行いには、情けないことです。

「おもてなしの心」をね。それは、愛情なんでしょうね。”気づかい” ね。

 しみじみと思うのですが~~。


短歌


 星はまるで宇宙の涙ごとく見え寂しい夜はともに涙す


俳句


 春の夜空月は輝き麗しき


川柳


 ラテン語で月はルナリアというとか




             ありがとうございました。





 

インド民族のエリート中のエリート………ガンジーですら、過渡期にはこういう思いあがりがあったのです。

  坂田藤十郎の芝居を見たある高名な人がこう批評した。

「藤十郎の演技は素晴らしい。あれは、単に芝居の技術だけではない。 

 私生活も、よほど正しく送っているのだ」

                 童門冬二「人生の師」より


 この続きですが、

 そのとおりだった。坂田藤十郎は、私生活の上でも厳しかった。武士に

負けないような正しい生活を送っていた。

 (正しい演技は、正しい生活から生まれる)

 藤十郎はそう信じていた。だからこそ、弟子たちに対して、

「客は、おまえたちを見に来ているのではない。私を見に来ているのだ」

 と、自信をもって言うことができた。・・・・・

 なんだか、考えさせられますよね。


 さあ今日は、昨夜、仲のいい友人から突然の電話が有り、

「日展のチケットが手に入ったから、見に行かない。都合はどうですか?」

「暇よ。いつも暇だから~~行くわよ。芸術センターね。オッケー」

 そして朝から出かけました。

 日展はやはりいいなぁ。長い時間をかけて二人で見ました。

 そしてその後は松坂屋に行きまして、「ウィリアム・モリスと英国の壁紙展」

を二人で長い時間をかけて見ました。ずっと立っちぱなしでしたので、疲れてし

まいました。でも、嬉しいいい機会。

 バス停まで送りましたが、彼女は、また久しぶりに来たからとデパートによ

って帰ったとのこと。あとで電話をしたら嬉しそうに、

「あなたのように、リュックを買ったのよ~~」と。

 私はもうクタクタよ。ふふふ。かるく11000歩達成でしたわ。

 久しぶりの、この友との出会い。いつ会ったままだろうか?忘れてしまった。

ありがたい。ありがたい。楽しい一日になりました。


 また、今日は、若いママさんから、メールが入り、

「明日、一緒に高校を見に行ってくれない・・・・」

 とのこと、そうだわ。明日は、はつらつクラブは午後だから~~いいな。

「午前中ならいいわよ・・・・」

「嬉しい。遠足気分でいきましょう~~ありがとう」

 と、嬉しそうに喜んだメールが来た。

 明日はまた早朝から出かける予定です。



        *


☆ ひぐれどき ☆

         フェアリーグランマ


   だんだんと

   日は落ちて

   暮れていきます ひぐれどき


   そんなときは

   なんとなくさみしい

   かえろう ひぐれどき


   いくつになっても

   日暮れると帰りたくなる

   ちちがははがいたあの家に 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 これは私のノートにある。

 かきとめてあったことを・・・・


 傲(おごり)

◆人生における最大の病根は、傲であると思います。

 子となって傲であれば、必ず親に対して不幸となります。父となって傲であ

 れば、必ず子を慈しまず、友となって傲であれば、必ず相手を裏切るもので

 す。


 このことを必ず肝に銘じて、謙虚に生きることです。人間の心は、もともと

 天然自然の理(ことわり)であって、すこしも汚染がなく、きわめてすっき

 りしたもので、無我なのです。だから胸の中には何ものもあってはならない

 のです。あれば、それが傲なのです。無我になれば、おのずから謙虚になれ

 るもの、謙(謙虚)はあらゆる善の基であり、傲はもろもろの悪のはじまり

 なのです。


◆ガンジー

 インド解放の聖雄ガンジーは、若い頃、弁護士としてロンドンに住んでいた。

 インド民族のエリート中のエリートだ。

 鼻の下に釣り針みたいなカイゼルひげを生やして、自分は英国上流階級と肩

 を並べる人種で、インド人とは違うんだ。と思い込んでいた嫌味な男だった。

 ところうが、ふとした機会から、あくまでも自分がインド人であることをい

 やというほど思いしらされ、帰国して、無抵抗主義運動を展開した。

 ガンジーですら、過渡期にはこういう思いあがりがあったのです。


◆つねに人と見比べる

 物事を成すに当たって、少し思うままにならない場合には、自分よりもまま

 ならないで困っている人がいることを思えば、天を恨み憎む気持ちもいつし

 か消えて無くなるものである。また、怠りなまける心が、少しおきていやに

 なった場合には、自分よりも勝った人がいることを思えば、心が自然と緊張

 して奮い立つものである。



   <*ノートに書き留めたのです。本を忘れてしまいました*>

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ですよね。

 ガンジーさまのその気持ちが、私は、なんとなくわかるのですもの。

 私もついつい ”傲” になりやすい人なので、すごく~~心しないと、

と、自分に言いきかせます。いつも、いろいろとね。がんばりたい。



短歌


 好きな絵に夢中になって日展は友とはぐれたり笑え楽しむ


俳句


 風さえも春のかおりすもうすぐ春


川柳


 洗濯もついついためて老いていく




                ありがとうございました。


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プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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