おばあちゃんのひとりごと

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「阿吽の呼吸とは」・・・・意味……。

 私を見ていてくださる 人があり 私を照らしてくださる 人が
 あるので 私はくじけずに こんにちをあるく。
                             榎本栄一

 若い日。 嫁ぎ感じたのは、認められたいということだったなぁ。
毎日,朝早くから頑張った。 それでも、認められることはなく、それ
が当然。 当時、なんにもできない、賢くもない嫁ですもの…。
 でもそういうときこそ見てて下さる人があるのがいい、亡義祖母が
おられ照らしてくださったのです。 だから、くじけずに、頑張れた。
そしてこんにちがある。 さあて。
 昨日は、友人が電話くれ 「うん。行くわ」 とバスで出掛けお茶
をして、帰るバスの中で、老夫婦が 「このバスは、美術館に行く
のにどこで降りたら近いのしょう…?」 と尋ねてこられたので私の
こと、つい運転手さんに聞いてあげて、喜んでくだされましたが、
 「おせっかいで、ごめんなさいね」   
 いつもこうしていらんことばっかりしてる。 でも、不思議よね。
 私が先日友人にチケットをいただき見てきた展覧会だったので
す。 「わたしも行ってきましたよ。 八Fでしたよ」 といいました。
「娘が絵をやっていて、出品したので見てね、とのことで…」 と。
落ち着いた感じの品のいい方で、「あら、いいわぁ。画家ですか」
「いいですね」 と。 本当にいいなぁ。 
 わたしの子どもの頃のこと。昔。
 絵が得意だったので亡き父が日本画家に、教えて頂けるように
してくれたというのに、小学生の頃。 やんちゃくちゃの私のこと。
嗚呼・・・親の期待にこたえず、やる気がなく、やめてしまってね。
もちろん才能もなかったとは思うけれども<99%の努力>嗚呼。
 痛切に思うことは、「情けない」 「継続は力なり」 なのにな。
 ダメなわたしです。老いて、この、継続の大事さを……。知る。
亡両親を思い 「ありがとう」 なんです。 そして 「ごめんね」
 いま、わたしのこんにちをあるいてる。。 うっふふ。 
 帰りに道、近くのコンビニで牛乳やら重いもんを持って家に帰り、
「嗚呼 また今日もいい一日」 と、ベッドに入ったら・・・。
 腰痛。 泣けるう。 動けない。 どうしよう。 
 夢までも身動きできない不気味な夢で 「嗚呼」 だけど、
 今朝は、ありがたいことに、起き上がれ、ホッとしたのです。
 暫くは要注意しないとなぁ。 自分に警戒警報発令中。

  自分に時折 「喝」

 神さま 仏様 からの
 この身体は 自分で
 自分の力で大事にしなきゃぁ
 なんでも かんでも
 自分のことは 自分で要注意
 用心 ご用心
 
 自分のことを
 知るは 自分しかない
 自分が 一番 しっかりしないと
 好きも嫌いも なんでもかんでも
 知るは自分 自分なんだ!
 嗚呼 よく考えて行動しなきゃぁ

 愚か者だから 賢くならねば
 ついつい 考えずに行動は、ペケ
 無茶苦茶しない 節制だぁ
 反省ばかりしたって 何にもならぬぞよ
 真剣にならねば  すぐ甘えが出る
 ひとり 「喝」 心配かけまいぞ

 ああありがたいことに、今日、今のところは大丈夫だ。
 お年なんだから、気をつけよう。 ゆっくりいこう。

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 一期一詩                         瀬上敏雄 著

 阿吽の呼吸

 人の世や嗚呼にはじまる広辞苑           橘高薫風

 川柳は江戸の中期、浅草生まれの柄井川柳によってはじめられた。
薫風のこの一句は、現代川柳の傑作の一つであろう。 すべての辞典
は 「アイウエオ」 のア行からはじまる。 「嗚呼」 の感嘆詞は、人間
誕生の第一声 「オギャア」 の産声にかけ、また人の一生に逢わねば
ならぬ苦悩の声を暗示する。 母の胎内から出て、初めてこの世の風に
触れた第一声が 「オギャあ」 の泣き声であるのは、その時すでに、

 「人生は苦なり」 を直感したのかもしれない。

 阿吽の呼吸ということがある。 「阿」 は陰陽の陽の世界で、口を開
いて音声を」出す相(すがた)で、万物の初めを意味する。 「吽」 は陰
の世界で、口を閉じる相で、万物の終わりを象徴する。
 初めがあれば必ず終わりがある。 私たちは、 「阿」 という陽の世
界で華々しく泣いて生まれ、そして 「吽」 という陰の世界で静かに口
を閉じて死んでゆく。  「人の世」 を 「嗚呼にはじまる広辞苑」 と、
捉えたこの川柳は、人間の苦悩の一生を暗喩している。

 夏目漱石の小説 「草枕」の中で、「世に住むこと20年にして、住むに
甲斐ある世と知った。 25年にして明暗は表裏の如く、日のあたる所に
は、屹度影がさすと悟った。 30の今日はこう思っている。 --喜びの
深きとき憂、愈(いよいよ) 深く、楽しみの大いなる程苦しみも大きい。
 これを放そうとすると身が持てぬ。 片付けようとすれば世が立たぬ。
金は大事だ、大事なものが殖えれば間も心配だろう。 恋は、嬉しい恋
が積もれば恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。 閣僚の肩は数百万人の
足を支えている。 背中には重い天下がおぶさっている。 うまい物を食
わねば惜しい。 少し食えば飽き足らぬ。 存分食えばあとが不愉快だ
……」  と書いている。

 明と暗は表裏一体で、日の当たる所には必ず影ができるのがこの世
の相である。 そのように喜びの影には憂いがあり、楽しみの裏には苦
しみが待っている。 といってこれを切り放そうとすれば身が持たず、片
付けようとすると世が成り立たぬと漱石はいう。 本当にそうである。
 光も影も、喜びも憂いも、楽も苦も、生も死も、それはみんなあるべき
必要なものなのだ。 嗚呼で生まれた人の世なれば、人生の苦は当然
で、一切を頷いて、最後は 「吽」 といってこの世を去りたいものである。

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 短歌

  盆は過ぎ子らや孫らに逢う嬉し次は正月もうすぐに来る

 俳句

  杖つjきつ見あげる空に秋の雲

 川柳 
  
  極楽も地獄も知っている気がし
 
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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