おばあちゃんのひとりごと

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「そやけど、まあ長生きしたらいろいろありますわぁ。それでも生きていたらなんとかなりますわ」

 「六〇の坂超えるということは、競馬でいえば、第三コーナーをま
 わって、あと直線コーナーへ入ったところうだ。それをどう過ごす
 かということが重大だ。 私はひたむきに仕事をしたと思う。漱石
 でも藤村でも鷗外でも、最後に組みついた仕事は立派だ。 鷗外
 は、藤村は、「夜明け前」、漱石は「明暗」 だった。 しかも偉い
 と思うのは、とにかく、”人生はわからぬ” という組みかたをして
 いる。 人生はわからぬ。 わからぬが、とにかく、それをわかろ
 うとして必死に書く。 という調子で仕事をして死んだらいいと思う」
                         井上 靖 (60才の時)

 ”人生はわからぬ” こんな立派な先生方もおっしゃっておられる。
そうですよね。 でも、だから、とにかく、せっかくこの世に生かさせ
ていただける。頑張って生きていきたいもんです。
 いいことはある。
 もちろん辛いこともだけど、人間ってその辛い経験が心が育ちいい
もんです。 だから、どんなことのなかにも、いいことはあるんです。
 いいことはいつでもどこにもあり、それは自分の心が知ることなん
です。 「見いつけた」 って日々過ごしたがいい。 辛いことがあっ
たら、逃げればいい。 なんだって、自分なんだもの。ね。
 ”人生はわからぬ” だから生きる。
 井上 靖 さまの言葉ですが、娘さん言われたこの言葉。いいな。

「物事は、深刻に考えてはいけないよ。 気持ちを楽に持ちなさい」
 
愛情が伝わり、感じられ、ときどき この言葉が浮かびます。いいねぇ。

 「詩} ゆっくり ゆっくり

   なんだって
   ゆっくりがいい
   ゆっくりと歩く
   人生も同じ
   
   ゆっくり ゆっくり
   いくがいい 急がないで
   そうしていると
   悪い考えは消える

   ゆっくり ゆっくりとする
   あれもこれもと欲が湧くのが
   ゆっくり ゆっくりと
   そんな 欲も去っていく

   いろんなことが
   気にならなくなるよ
   そうした方が きっといいよ
   なにごとも ゆっくりね

   もちろん たまには
   たまには 慌てるけれどね
   だけど いつも
   ゆっくり ゆっくりがいいと思うよ
 
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 寄り道して考える  森 毅
             養老 孟司 著
 ◎ 未来を築く 「はみ出し者」 を容認する社会ーーー森
 1995年の阪神大震災で感じたことは、神戸は若者の街だとよ
く言われますが、 「神戸は、じつはおじいさん、おばあさんの街な
んやなあ」 ということでした。
 そして、テレビに出てきたあるおばあさんに僕は感動しました。
「私は室戸台風も経験しました」 と言うのです。 室戸台風は昭
和九年で僕が小学校一年生のとき、それからその次には関西地
方を襲った阪神大震災を経験し、もちろん戦争で空襲も体験した。
そしてまた今度しばらく間はあきますが、この震災に遭遇したとい
うわけです。 そのおばあさんの、「そやけど、まぁ長生きしたらい
ろいろありますわ。 それでも生きていったらなんとかなりますわ」 
という言葉に、じつは感銘を覚えました。
 もっとおかしかったのは、その人に対抗しているおばあさんがい
て、「私は子どものとき東京やったから、長生きしたおかげで、一生
のうちに二回も大震災を体験した」 と言うのです。 これもすごいと
思った。
 僕は、年寄りの役割というのは、いろいろ変化を体験していること、
そしていろいろ変化があつても何とか生きているということそのもの
だと思うのです。 それを実感した出来事でした。 そのほかにも、
神戸の友人には、大きな本棚がひっくり返ってきて、すんでのところ
で命がなくなるところだったという人もいます。 そういう話を聞いて
いるうちに、「あっこのような話は昔はよくしていたな」 と気ずきまし
た。 それは空襲で爆弾が隣に落ちたとか、機銃掃射がもうちょっと
外れていたら当たるところだったという、戦時中の話に似ているので
す。 本当に人間というのは運だと思います。
 先ほどの養老さんのお話で、自然選択説の論理がありましたが、
、まったく同感です。 戦後、僕らが貧乏をしていても、その中でも
目先が利いてけっこう羽振りのいい人というのはいたものです。 
 そんなところからホンダなどが出てきたりしているのですから
本当に才覚だとしかいいようがありません。
 それでも当時は、「あれはうまいことしてるな」 と羨みこそすれ、

 「みんなが苦労してるのに、あいつだけいい目みて」

 という妬みはあまりなかったように思います。
 ところうが、いまは逆でしょう。 銀行でも全部横並びの状態です。
それはかえって不自然な状況なのではないか、という思いが僕には
あります。 その原因の一つに、僻みが増えているような気がしてな
りません。

 「みんなが困っているのに、あいつらだけうまいことしてる」

 僻みです。
 いまの時代は経済も含めて、やはり、変動期だといえるでしょう。
 抽象的に言ってしまえば、変動期には大多数が困るものなのです。
ところうが、そんな中でもうまいことをやる才覚のある少数派が必ず
いるもので、彼らが次の時代の希望になるのです。
 それなのに、いまの時代は妬みや僻みが原因となって、少数派を
つぶしているような気がします。 そういう僻みや妬みはここらで終わ
りにしたほうがいいのではないでしょうか。 僕らは新たな時代を築く
 「はみ出し者」 を育てなければならないのですから。

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 ちょっと、また長すぎましたね。 でも前の方のおばあさんがたの「弁」
はいいもんです。 じつにいいなあと思うのです。 それだけでも、続ん
でみてください。 なんか、たくましくてね。 

  短歌

   散る散るに木々の葉は散るは地球が涙流すに見えてくるなり

  俳句

    秋陽ざし部屋のなかまで入りくる

  川柳

    なんという悲しき世なる事件多し
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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