おばあちゃんのひとりごと

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「その ”母” が子どもを叱り、急がせ、勉強を迫る調教師になってしまった」

 「子どもはさびしくなったときも、そしてうれしくなったときも真っ先
 に ”母” を求める。 母を求めてひた走る。 そして ”母” とい
 う不思議な世界に包まれて、心から安らぐのである。 専門語で、
 ”子宮回帰” というのであるが、子どもは意識の下で、かって過
 ごしたもっとも安定した ”場” である母の胎内に帰りたいという
 願いをもって生きている」 さらに、「子どもにとって原点ともいえる
 その ”母” が鬼になり、悪魔になって子どもを苦しめはじめた。
  ”母” の最大の役割は、安らぎの ”安” の漢字が示すように

 ”家の中でやさしくおおらかに、そしていつでも微笑んでいる女性”

 であること。 そのことにあるのに、その ”母” が子どもを叱り、急
がせ、勉強を迫る調教師になってしまった」
                     教育心理学者 伊藤隆二

 いつも思うのだけれど、わたしはすっかり老いてしまいましたが、

 ときどき 過去をせつなく思い、深く考えるのです。

 嫁であった昔、当時は大家族でね。 そのときおられたおおばあち
ゃんには、よく助けられたものでした。
 その当時が涙とともに、懐かしく思いだされます。
 感謝ばかりなのです。 
 私は、情けない母で 子どもを育てるというより、見る暇もなく、毎日
食事の支度やら仕事やらにあけくれて、走り回り、そのおおばあちゃ
んが子守りをしてくだされたのです。 ただ、いるだけの母親でね。
 義祖母が我が子に、大切なる躾をしてくだされたのだと、思います。
 
 我が子らには 寝顔に毎晩、謝まっていました。 「今日もごめんね」 
 
 なんともダメな母でしたね。 考える暇もなく過ぎた日々でしたから。
 おばかにいきてきちゃいました。わ。
 子らには申し訳なく思い、その亡き義祖母には、感謝ばかりなのです。
 おかげさまで、子らは、いまは、それぞれに家庭をもち、私は喜ぶば
かり。 ただ ただ ありがとうなんです。 子ら夫婦に、孫らに感謝。
 ああいまならば、やさしくおおらかな心でほほえんでいられるのに。な。

  ☆ 幼なの懐かしき日 ☆

  「おかあちゃん」
  なんと心地よい響き
  秋の今頃のこと
  裁縫箱を広げて

  ネルの反物生地でね
  寝巻をつくってたな 筒袖の着物
  縫い上げをするからね
  測るから ちょっと着てごらん

  肌触りが 気持ちいいんだ
  ねえちやんも妹も大喜び
  みんな みんな 笑ってた
  もちろんわたしも

  冬の温かい
  今でいうパジャマなんだ
  お姫様になりたくて
  縫い上げをとってしまうわたし

  打ち掛けの美しいお姫さまに
  怒られても つい また やって
  今思えば 面倒な子どもだったな
  おかあちゃん ホント ゴメン

  もう みんな 遠い日
  そのぬくもり
  なんか いまだって 忘れてない
  胸が じぃーんとするのです 

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 幸せは急がないで
    {尼僧が語る愛の法話}

 「花を弄すれば香り衣に満つ」      青山俊薫
 --省略ーー
 世に、母子の姿ほど美しいものはありません。
 しかし近ごろの母の姿を見ておりますと ”これではいけない!”
”これでは子どもは育たない” と呼びたくなる場面に出会うことが
多い。
 最近、心にしみて忘れられない2つの詩があります。

  私のおかあさんは、私が学校から帰ると
  「おかえりなさい」 といつもにっこりしながらいってくれる。
  どんな、おもしろくないことがあっても、
  「おかえりなさい」 ということばで、もりもり元気になる。
  おかあさんの 「おかえりなさい」 ということばを、日本じゅうの3年
  生にきかせてやりたいなあと、いつも私は考える。  (古旗裕子)


   「勉強しなさい」
  またお母さんにしかられた。 ノートに、お母さんの、おこり顔を書い
  てやった。
  かみの毛がぼさぼさで、耳が立っていて、つのが、出ている。
  まるで鬼のようだ。
  ぼくは 「ヒヒヒ」 と笑った。
  でもあとで
  「ごめんなさい」 と云った。             (藤崎剛志)

ーーどちらも福島県群山市に住む全盲の詩人・佐藤浩さんが編集なさ
った ”ママ、もっと笑って” という、子どもの詩集にあったものです。
  ―ー省略ーー
 つい不機嫌になり、食事は即席料理が並ぶ。 疲れた母の耳には、も
はや子どもやご主人の心の叫び  ”見えず” ”聞こえず” になる。 そ
の結果として家庭は人間の心を育てられない不毛の地となりつつあるよ
うに思えてなりません。

 おかあさんのかたって広くて大きいなぁ
 おかあさんのかたを、ドンドンたたく
 せなかのほうなら
 「ごめんなさい」 だっていえる。     (名越真理)

 躾けに関するアンケート調査で圧倒的に多い答えは、「素直に ”ごめん
なさい”  と言える子に育てたい」 という願いだそうです。
 でも子どもはみんな素直で、心の中では 「ごめんなさい」 を言っています。
ただ 恥ずかしくて、面と向かって言えないだけのこと。
 その心の奥の 「ごめんなさい」 を、大きな目と耳を開いて聞きとってあげ
てこそ ”おかあさん” なのではないでしょうか。

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 短歌

   寒い日は手が凍ったよ小さき頃亡母は両手で息吹きこすりし

   我も母でもわが母のようなれず情けなき母悔いばかりあり

 俳句

   秋の朝杖がおともの散歩哉

   母として失格なりと秋夜長

 川柳

   嫌味かな違う素直に聞いておこう

   反省は多し悔いまた多しわれよ
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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