おばあちゃんのひとりごと

Entries

わたしはすべての父親が娘に、あるいは息子に与えるべき言葉が、これだと思う。

 それはどんな事があってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだり
 に悲観もせず、楽観もせず、生き通していく精神ーー
  それが散文精神だと思ひます。
                          広津和郎


 なんかいいですよね。
 さあ今日は七日です。 七草粥いただきましたか。
 ほんとうに、暦っていつも、素晴らしいと感じます、
 私は、昨日は小学校の友人の家に行ってきました。凄い旧家
で大きな旧い立派な家でびっくりしちゃいました。 久しぶりに、
木造の旧い建物の中に入り、掛け軸やら素晴らしい置物やら
観音像もあり私はお経を覚えているので 「十句観音経」 を、
唱えてきたのです。 なんか、いいもんでした。
 優しい友人は、至れり、尽くせりでね。ありがたい一日でした。
いまから、お礼の手紙を書きます。 もう 今日も過ぎていきま
す。 徹子の部屋を見ていましたらね、水野久美さまで、なんか
うれしくなっちゃいました。 なんとなく、全てのお話がわかるの
ですもの。 もう八十歳になられるとか、美しくて、みならわない
とね。 ふふふ 頑張ろうっと!

 ☆なんだって通り過ぎて行く☆

 あのね 
 どんなことがあったって
 なんとかなるもんよ
 どんな困苦だって
 永遠じゃあない
 
 あのね
 なにがあったって
 いつかは通り過ぎていく
 だからね いいことも 悪いことも
 なんだって 有限なんだもん

 そう思って
 何でもを悲観することなく
 楽観することなく
 すべてのことは いつか 
 通り過ぎ 過去になっていくよ

 現在は すぐ 未来になりゆく

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 人生の実りの言葉
                        中野考次 著

 22 生まれた以上

 生まれた以上、生きるといふことは、生きる本人の問題である。
さう思っても何にもめげずに生きて行くべきであると思ふ。
                        広津和郎 「桃子への遺書」

 広津家はめずらしく三代にわたって文学者を生んだ。 明治に広津
柳浪が現れ、その子和郎も小説家になった。 和郎の子が桃子で、
この娘は父に対して含むところがあったか、和郎の死後父の思い出
を 「父 広津和郎」 などに書き、これも文学者になった。 その必
ずしも自分になつかなかった娘に与えた和郎の遺書の言葉がこれ
である。
 生きてゆくとは、その本人にだけできることで、たとえ父であつても
なんの手助けもしてやることはできぬ。 まずそのことをしかと腹に入
れておけ。 そして自分以外に自分を生かせる者はないのだとよくよ
く覚悟して、どんなことがあつてもめげずに生きてゆけ。
 そういうふうに直接に娘に語りかけたいところを、そうしないで一般
的ないい方をしているところ、散文家広津和郎の面目躍如たるもの
がある。 広津和郎はどんなときにも己を失わぬ人であった。
 
 私はすべての父親が娘に、あるいは息子に与えるべき言葉が、こ
れだと思う。
 世の中なかなか子離れのできぬ親が多い。 とくに母親は、子が
大学生になってもそれを独立した人間としてつっぱなすことができ
ず、大学の入学式や、ひどいのは会社の入社式にまで付き添って
面倒をみようとする。 これでは子のためにならないのである。
 
 ---省略ーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 短歌

  初春や七草がゆのセット買いひとりで今夜それが贅沢

 俳句

  初春や大吉当たりよろこびぬ

 川柳

  モーニングコーヒー楽し友と会う
スポンサーサイト

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽