おばあちゃんのひとりごと

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「私が間違っていました。見ていて下さい。きっと悟ってお目にかけます」一休さま

 運命は偶然より必然である。 ”運命は性格の中にある” と
 いう言葉は、決して等閑に生まれたものではない。
                 芥川龍之介

 今日は荒れるような天気と予報しています。そして桜もいよいよ
散りそうですが、とても楽しませてもらい「桜さんありがとう}です。
 
 昨日は、よい天気でした。お花見に出かけようと、元気よく散歩
にでました。そしていつもなら、バスで行くところを片道歩いちゃい
ました。桜が満開で美しいという言葉以外に在りません。しだれ桜
も咲いていました。帰りは、バスです。ちょうどいい時間で待たずに
乗れ、私の後にこられた方が
 「わぁ運がいいわぁ。待たずにきたわ。嬉しい」
 「そうですよね。私も運がいいわぁ」
 
 午後はすっかり疲れてしまいました。動けませんでした。うっふふ。
 なにやっているんでしょう。一人笑うのです。

 ☆タンポポいっぱい嬉しいな☆

 街路樹の根元
 タンポポがいっぱいだ
 黄色 黄色 黄色
 そうして そうして
 タンポポののわたぼうしが
 いっぱいだ

 わたぼうしのほうしたち
 何処かに飛んでいくんだろうな
 「さようなら」 「さようなら」
 そうして あちこちで 強く生きる
 タンポポ タンポポ 咲いていく そうして 
 わたぼうしになり 飛んでいく

 自然の素晴らしさだぁ いいなぁ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 トンチ小僧から名僧に
 一休      武者小路実篤 著

 母と子

 宗純(一休)は、謙翁のもとで、文字どおり死にものぐるいに
勉強しました。
 そのうえに、ここでほんとうのぼうさんらしい、まずしい生活を
知りました。
 謙翁はすぐれた禅の師匠でしたが、三年たったある日、宗純
にいいました。
 
 「わしの知っていることは、のこらず教えつくした。もう教える
ものはなにもない。だが、わしは師から印証(さとったしるしをさ
ずける証書)を受けていない。それゆえ、おまえに印証をあたえ
ることもしない」
 「けっこうでございます」
 宗純はさわやかに答えました。

 その謙翁が、ふとした病気からついにこの世をさっていきまし
た。お葬式の金ものこさない、まずしさのなかで、宗純は泣きま
した。だれよりもひどく泣きましたが、しかし、だれよりも早く、け
ろりと泣きやみました。
 宗純はもう、師からとるものはとったことを知っていたからです。
 しかし、宗純はへんに心ぼそくなりました。不安でした。
 それで清水観音におまいりしたのち、いったん母のもとに帰り、
さらに大津に出て石山観音に七日間こもって、いっしんにいのり
ました。
 だが、不安はさらず、絶望はきえませんでした。いっそうやせて
力なく石山観音をさりました。
 それから琵琶湖のほとりをさまよいました。

 (すべてすててしまえ。そこで死ぬものなら死ね。生きかえれた
ら、生きかえれ。すてるものをすてないから、じぶんはものになら
ないのだ。じぶんには、みれんがありすぎるのだ。すててこそ、う
かぶ瀬もある。
 いや、うかぶ瀬を考えるから、じぶんはだめなのだ。みれんなく
なにもかもすててしまえ)宗純はなにかいのりました。

 「死んでもいいものなら、死なしてください」

 だが、宗純がみずうみに身を投げようとしたとき、一人の男がだ
きとめました。
 宗純がおこったようなふうをして見れば、その男は、宗純もよく知
っている、母のところに使われている下男でした。
 
 「七兵衛か」
 「わかさま、おかあさまは大変ご心配でございます。ぜひ、おかあ
さまのところにお帰りください。わかさまにもしものことがおありでし
たら、おかあさまも生きてはいらっしゃいません」
 ――省略ーーー
 母は、吾子のの疲れが治ったとき、こういって教え諭しました。

 「私よりあなたのほうが賢いということはわかっていますが、しかし、
私のいうことが本当のこともないと思います。
 あなたが七日間、石山観音にこもって、さとれなかったといって、
琵琶湖に身を投げようとした話を七兵衛にききましたが、それがも
し本当なら,私にはわからないことがあるのです。
 
七日でさとれなければ十四日、十四日で駄目なら二十一日、そ
れでダメなら一月、ニ月、いや一年、二年、三年かかっても、さとれ
るまでは、修業をしなければならないものではないですか。
 
お釈迦さまの難行苦行は七日でしたか、達磨の面壁は九日でし
たか。あのような人たちでさえ難行苦行をし尽くされて、やっとおさ
とりになったのではないのですか。あなたが、あの人たちにおとって
いないとしても、七日や八日で悟れないといって身を投げようという
気持ちが、わたしにはわからないのです。」
 ―――省略―――

「私が間違っていました。見ていて下さい。きっと悟ってお目にかけ
ます」
 「よく言って下さった。私は一生、いまのお言葉を忘れません」

――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――
 あのようにご立派な一休さんにも、このようなときがあったのです。
 一休さんのお父さんは……時の天皇、後小松天皇 おん年18歳   
 一休さんのお母さんは……伊予の局といい16,7歳


 短歌

  それなりの贅沢な日も過去となり穏やかな老いいまが幸なり

 俳句

  疲れすぎベンチにかけて桜見る

 川柳

  去年もいい今年の桜にもありがとう

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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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