おばあちゃんのひとりごと

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正宗と村正との人柄の違いが、名匠とただの刀鍛冶(刀工)との違いになる。

 細君に惚れてさえいれば家内安全
           広津柳浪
 
 なんか、うっふふ、と笑えますね。それがいいもんです。

 あのね。この、小学校の話。心に残る思い出ってきっと、誰にも
ありますよね。私の小学校は六年間が一組でね。今日もその幼馴染の
マドンナ。その友人と美術館に行くのです。あの子はいろんなことを
いっぱい覚えていて、逢うと話してくれるし、幼馴染の男の子とも、
連絡し合って二人くらいの子とはときどき会っているとのことです。
 田舎の小さな小学校でした。
 こうしていつも会うマドンナは、医院のお嬢さまでしてね。
 だから今もその雰囲気を漂わせておられ、美しい奥さまです。
 あのね、わたしは級友にもあってないし、担任の先生だけは、手紙
でときどき連絡するくらい、お元気で老人会のお役をやっておられる
とか、自転車にも乗っておられるとマドンナが教えてくれます。
私より先生の方が、溌剌としておられるようでいいですよね。
 こうして誘ってくれいろいろな近況を知ります。
さあて・・・
{小学校の思い出}ですが。
 5・6年生の頃だったと思うのだけれど、NHKに見学にゆくとい
うので、その時に質問されるから……。と聞かれそうなことを……。
 先生が一生懸命に、みんなが答えられるように教えて下さったので
すが、誰も答えられなかったのです。先生の顔が見られませんでした。
その先生は亡くなられましたが、覚えておられたかしら?このことを。
 たった一問の質問。あっけなく、おわり。もっと質問して下されば
いいのに……と、そのとき思いました。先生のため答えたかった!

 「あなたたちの住んでいるところは、なんていわれていますか?」

 確か、ただ、それだけだったんです。そして、それね、誰も答えら
れなかった。当時は知らなくてね。子ども心に傷ついたんです。
先生に悪くてね。なんか、先生の努力がかなわなかったんですもの。
 私たちも、とっても、勉強してきたのに……。がっかりしちゃって。

「日本のデンマーク」が、答えでした。

 子ども心にさびしかったなぁ……。この思い出を読んで、ふと
思いだしたのです。今日マドンナに聞いてみようかな。
 覚えてるかしら?思い出って不思議でみんな違うのよね。
 
 ☆☆おさななじみ☆☆

  かくれんぼやら缶けりや縄跳びや石けり
  いじめたり いじめられたり
  けんかもしたな 泣かされたり泣かしたり
 
  学校の帰りは、道草ばかり

  人さらいがいるといわれ
  竹やぶが坂なんだけど 走った
  暗くて 怖くて 走った 走った

  子どもの視線っておもしろい

  大人になってみたらね
  そんなひどい坂でもなかった 
  竹やぶも少し暗いくらいだった
  
  ちいちゃいからね 笑えちゃうわ
  
  ちいっちゃいころの視線は違う 
  もう死んじゃった子もいるし 人生は不思議
  みんな きっと いい老人になっただろうな

  だって先生が良かったからね
  
  こわいような乱暴な子もいたな
  悪戯っ子も とても 元気で みんなやんちゃ
  頭のいい子もいたな たのしいなぁ
  
――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――
 この考え方あなたの
  人生を決める   
               松原泰道 著

 ”勢い”もこの一線を越えれば禍となる

 私が小学校の6年生のとき、担任の友岡先生が、教科書に刀工正宗
のことが載っているのに因んで、国語の時間に次の逸話を私たちに話
されたのを思いだします。
 刀工正宗は、一般に「五郎政宗」の名で知られた鎌倉後期の並ぶ者
のない名匠です。 
 正宗と比べられるのが、正宗より時代の下がった室町期のやはり刀
鍛冶、村正で、その切れ味は正宗に勝るともいわれます。しかし村正
は正宗のように名匠とは呼ばれません。なぜでしょうか。
 
 担任の友岡先生は私たち子どもに噛んで含めるように、

 「正宗と村正との人がらの違いが、名匠とただの刀鍛冶(刀工)と
の違いになる。ある人が小川の川底に正宗と村正との刀を鎮めて置い
て、上流から数本のわらを流した。水面を流れるわらが村正の刀の上
を過ぎるとき、刃に触れもしないのに、わらはまっニつに切れた。正
宗の刀の上を流れたわらは、切れなかったが、刀を遠回りして流れて
いった。どういうわけかわかるか?」と、教室を見渡されました。
 私たちは、わらがなぜ切れなかったか、というわけがわからないの
で、友達どうしただ顔を見合わせるだけです。友岡先生はゆっくりと
いわれました。

 「刀はもちろんよく切れたがいい。しかしよく切れるばかりでは名
刀とはいえない。正宗が名刀といわれるのは、相手を傷つけずに、相
手の方から避けずにはおれないような力が正宗の刀にあるからだ。
 このすばらしい刀のはたらきは、五郎正宗の人がらが刀を打つとき
に槌にこめられているからだ……」といったようなお話であったと思
います。
 私は、そのとき、子どもでありましたが別にどうとも感じませんで
した。それが七十余年もったった今、「法演の四戒」を学習するに当
り、にわかに思いだされたのが不思議です。担任の友岡先生のお名前
がむずかしい「正邑」であったことや、先生のピンと張ったごま塩交
じりのお髪も目に浮かぶのです。
 
 後になって村正の作の刀の切れ味がよすぎて、かえって人々から恐
れられます。そして徳川幕府は、村正の刀を腰にさすことを禁止して
”妖刀” の扱いをします。私はそれを知ってから、子どものときに聞
いた友岡先生の話された意味がようやくわかりました。
 ――省略――

――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー――

 短歌

   だんだんと初夏になりゆく五月ですすぐに梅雨です早い早いな

 俳句

   薫風や悲喜こもごもや今は過去

 川柳

   サミットが警備でなにもないように
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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