おばあちゃんのひとりごと

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「真珠湾攻撃の30分前に通告するように伝えるのが私の最重要任務だった」

 今が楽しい。今がありがたい。今が喜びである。それが習
 慣となり、天性となるような生き方こそが最高です。
           平澤 興

  いつも、わたしもこういうふうな気持ちで、毎日を、過
ごしたいと思うのです。いちばんいいと思うからです。
 
 昨日は、一つの難問が解決し、ほっとしました。心にかか
っていた黒雲が流れていき青空がでてきて晴れました。
 誠意は通じるもんだと、ひさびさに思いました。本当は悩
む面倒なことは、もう嫌でやめておこうかと思ったのですが、

 ”行動すれば疲れるから、やめよう” としてた。

 何でもに対して、今、自分でちゃんと考えてしなければな
らないことは、きちんとしないと、自分にとっても、相手に
とってもいけないと思い、心して、やったのですが、爽やか
な気持ちで、終えることができました。ありがたい。長い人
生、老いてなんにもないような中も次から次とあるもんです。
 生きている限りはあるもんです。そうでしょう。数日の間
いつも明るく楽しくの私も、少々、暗くなっていました……。
 そして、どうしようかと迷っていました。
 頑張ろうと考えてやってみました。終えることができて、
甘えてばかりだったわたしもしっかりすませることができま
した。消極的であったのも、そのままだったら、自業自得で
終わったことが、行動をして、「おかげさまで」にすみまし
た。

   
   この世は わたしがわたしに なるところ
   自分が自分になりきるところ
           相田 みつを
                

☆☆みんな 誰も それぞれ 違う☆☆

 なにかがあったときに
 みんな考え方が違うのを知る
 おんなじことを見ていても
 おんなじことをやっていても

 見る 見つめるところでさえ
 考えるところうも 思うことも
 判断も 同じ人はいない
 反応も 同じ人はいない
 
 それぞれ みんな違い それを 知る
 いろんな考えがあることを知らないと
 自分の考えが正しい そう思ってしまうが 
 あなたは間違っている そう思ってしまうが
 でもなにがいいのか わからないもんなんだな
 
 なにが ただしくて
 なにが 間違いか そのなかで
 わたしは わたしで 考えて
 
 だから 自分がシッカリと見て 考える 
 とても 大事なんだ

 そのためには やはり 勉強をし学ぶ
 あらゆることから 学ぶ 知る
 広い視野を持ち 堂々と生きる
 
 みんな みんな 違うんだもんね
 わたし わたし しっかり しないとね

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  致知     2010・12
  亡国史観への挑戦
         発言集団シュ―レ代表
            若狭和朋

 <真実からかけ離れた歴史観>

 私の経歴は少し、ユニークです。大学時代、「マグレ」で国
家公務員上級試験と司法試験に合格し、通産省に入省しました。
 結婚しドイツに単身赴任したのですが、東京で家を守っていて
くれた妻が交通事故で亡くなるのです。
 彼女は一級下で、「将来は高校の教師になって、平凡だけれ
ども田舎で高校野球をやろうよ」といっていました。彼女には
私が役人になったのは予想外だったでしょうし、東京での生活
に戸惑いもあったようです。ドイツに発つ時も、空港で「行く
なよ」と泣いていました。しかし、まさか、これが今生の別れ
になるとは考えてもいませんでした。
 帰国後、葬儀が行われた博多に立ち寄り、東京の部屋に戻
ると、写真の妻が笑っていました。
「ああ、申し訳ないことをしてしまった」。そう思うと涙があ
ふれてきました」
 妻のことはいつまでも頭から離れませんでした。私は役所を
辞めて岐阜県の正眼寺という臨済宗の寺で雲水の一人になって
いました。ところうが、縁とは不思議なもので、知り合いだっ
た岐阜県関市長の亀山一二さんがある時、ふと寺を訪ねてきて
「僧侶になるだけが人生じゃあないぞ。若い者を相手に人生を
やり直さんか」と助言してくださったのです。
 この一言がきっかけで、私は高校教師の道を歩き出すように
なりました。 歴史についての目を開かせてくれた一人が、こ
の亀山さんでした。
 日米開戦時、外務省大臣官房電信課長を努めた亀山さんは開
戦のいきさつを知る証人の一人です。

 「あれは不意打ちだったのですか」

 という私の質問に、
 
「真珠湾攻撃の30分前に通告するように伝えるのが私の最
重要任務だった。私は攻撃前日、その打電の場にいたのだ。
不意打ちは絶対にあり得ない」
 
 と、当時の様子を詳細に語ってくださいました。
 同じ頃、六千人のユダヤ人にビザを発給したことで有名な杉
原千畝さんとも知り合いました。杉原さんも亀山さんと同じ外
務省元職員で郷里が隣の八百町でした。日本は昭和12年の閣
議でユダヤ人保護を国策と定め、第二次世界大戦中は満州国境
にひしめく数万人のユダヤ人を危機から救いました。国策だか
ら杉原さんもビザが発給できたのです。世間で言われるように
一人の判断でやったのではありません。
 このような話は、学校で教わる歴史と大きく懸け離れていま
す。
 私は次第に歴史の真実に引き込まれ始め、いつしか生徒たち
に正しく伝えていかなくてはならないという強い責任を感じる
ようになったのです。

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 なにが真実なのか分からなくなりますよね。歴史もね。
 だから、学ばないとね。それでも、真実って?

 短歌

  ありがたいそう思うやはり神おられ嬉し感じるきょうの出来ごと

 俳句

  雨の音一晩じゅう梅雨近し

 川柳

  歴史という真実どこにまなばねば

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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