おばあちゃんのひとりごと

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「因果応報の法則」が「運命」より若干強いということです。

 積善の家には余慶あり
 積不善の家には余殃あり
         「易経」

 善い行いの家にはいいことがありますよ。悪い行いの家には
よくないことがいっぱいありますよ。という意味ですが、そう
信じて日々をすごしたいものです。うっふふふ。自分では、出
来ているかなぁ?わかんないなぁ。自分なりに頑張っていこう。

 昨日は予報通り暑かったわ。散歩に出たらご近所の奥さんと
会った「どこいくの?」と、聞いたら「コンビニ」といってお
られた。「運動で散歩にくわ。そこまで一緒に行こう……」
 お隣の奥様にもお会いしたので、「また、お能が能楽堂であ
るからね。ご都合がよければいかが?」「私は行くけどね」と。
その奥さま曰く「能は好きじゃぁないけど、有名な人だね……」
「うん、そうだよ。私は好きだからいくよ。よかったらね……」
 と、みんなが能を見に行くといいからと、声かけをする。
 お能の発表会でね。無料で見られていい機会なんだもん。
 友人があることを教えてくれるから行け楽しみなんだけどね。
でも,ボンヤリな私。カレンダーに書き忘れないようにと思い、
それでも、忘れてしまいそう。ドラマも見ようと思っていて、す
っかり忘れる。だから当日は、付箋をテレビに貼っておくの。
 なんておバカなんでしょう。これが老いなんでしょうね。
 ぼけないようにと努力しているのですが……。
 先日も一週間に一度のドラマ、付箋を貼るを忘れ、夜の九時
からを忘れた。ああ ああ がっかり、情けなく、来週こそは。
 
 さあてある友人が、本やらいろいろと送ってくれ、達筆な彼女
の美しい文字の手紙・さすが素晴らしい文字に、文だ!いい。

 ――
  前略、ご免下さい!!日々雑多な仕事件グローバルな・・
・・・省略・・・あなたに出会い、こうして終生語り合える友
のご縁を神に先祖に・・・・感謝しています。・・・・
――
 
 アッハアッハありがたい。お礼の手紙を書かなくちゃぁと思
いながら、齢とともになかなか書けなくなっている自分に嫌に
なります。だんだん不精者がますます不精者になっています。
東京の友人からも手紙がきてて、なんだか、お知り合いの方が
ホスピスにご入院なされたようで、涙しておられる。返事をと
思いながら、なんだか、私もそれを読みつつ涙が出るのです。
 さあ手紙、頑張って書こうかなぁ。いろんなことあるなぁ。

☆☆ああ しあわせ☆☆

 朝 目が覚めて
 だれからも
 なんにもない
 ひとり さあがんばろう
 
 ああ ああ ありがたい

 こんなに
 ゆっくりと
 朝がすごせる
 ひとり感謝す

 ああ ああ 朝だ

 やはり
 わが人生
 うまくいっている
 忙しかったなあ むかし

 ああ ああ いまはゆっくりだぁ

----------------------------------------------------------------------
 稲森和夫の哲学
           稲森和夫 著

 <運命と因果応報の哲学>
 われわれが人生を形成する要素として、二つのものがあると私は
考えています。
 まず第一にあげられるのは、持って生まれた「運命」です。たと
えば、時代を代表する優秀な学者がいるとします。彼の頭脳が明晰
なのは、両親から素晴らしい脳細胞を遺伝として受け継いだからだ
としても、それだけで優秀な学者にはなれません。病気をせずに健
康で過ごすこと、学問に打ち込める環境があること、恩師や支援し
てくれる人々にめぐり合うことなど、さまざまな条件が加わって初
めて、人はその与えられた才能を十二分に開花させることができま
す。つまり、一流の学者という地位を得るかどうかは、自分の意思
や遺伝子の力の及ばない「何か」――運命――の範疇(はんちゅう)
に属することなのです。      
 東洋の政治哲学・人物学の権威として知られる故安岡正篤さんは、
「易は宇宙の真理を包含した学問だ」というようなことをおっしゃ
っていましたが、中国では古くから「易」が自然の理(ことわり)
として研究されていました。西洋でも占星術が深く研究され、膨大
な文献が残っています。いずれも「運命」というものの重みを理解
し、何とかしてそれを知ろうとする人々の強い願望が生みだしたも
のでしょう。

 この「運命」とは別に、もう一つ、われわれの人生を形ずくる大
きな要素があります。それは、「善根は善果を生み、悪根は悪果を
生む」という「因果応報の法則」です。「思いのままに結果が現れ
る」ということを私は機会あるたびに話していますが、それは思っ
たこと、行動したことが原因となって生じるということです。
 これが「因果応報の法則」と呼ばれるもので、「運命」と同時並
行的に、われわれの人生を滔々(とうとう)と流れています。

 つまり、われわれの人生ををつくっている要素には、その人がも
って生まれた「運命」と、その人の現世における思いや行動によっ
てつくられる業(カルマ)がなす現象との二つがあるわけです。表
現を換えれば、「運命」と「因果応報の法則」がまるでDNAのニ
重らせん構造のように縒り合って人生がつくられているのです。

 ここで大事なことは、「因果応報の法則」が「運命」より若干強
いということです。そのため、われわれはこの「因果応報の法則」
を使うことで。もって生まれた「運命」をも変えていくことができ
るのです。つまり、善きことを思い、善きことを行うことによって
運命の流れをよき方向に変えることができるのです。

 これは私が勝手に考えたことではありません。安岡正篤さんはそ
の著書「運命と立命」のなかで、

「運命は宿命ではなく、変えることができる。それには因果応報の
法則が大事なのだ」という趣旨を述べ、中国の古典「陰騭録(いん
しつろく)」という本から袁了凡という人物に関する話を紹介して
います。――省略――

――ー次回に続きます――ー――ー――ー――ー――ー――ー――ー―――
 この「袁了凡の教え」は、とても有名な話ですが、考えさせられる
話です。とても、ハッとさせられて好きなんです。明日ね。

 短歌

  我を呼ぶ声のして目が覚めたけど夢の続きをまた見よう

 俳句

  公園を散歩し蟻や虫元気

 川柳

  あつまりて学校へゆく児童ら朝


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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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