おばあちゃんのひとりごと

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案の定、ケネディはけんもホロロだった<想像していた通りだな>佐藤栄作

  およそ人の純な願いは必ずかなう。だから日頃から、
  良い念をもつことが大事じゃ。
              関精拙老師

 天気予報をみていたら、今日は晴れるけれども、明日からはど
うも梅雨前線で今週末までは、雨みたいです。蒸し暑そうだわ。 
 昨日は梅雨らしい一日でした。そうだな考えていつもの喫茶店
は混んでいる日曜日、遠くまで散歩がてらに出かけました。その
店は11時半までモーニングしているので、まったくランチになり
サラダとパンとゆで卵、ブルべり―ジャムで400円です。新聞や
ら、ダイヤモンド雑誌を読んだりしていたら、あらら、昨日の女
性のご主人が来ておられました。帰る時にお声を懸けたら、
 
「今日は、○○へ行っていますわ……」
「ああ そうですか。そりゃぁよかったわ」
「また言っときますわ」
「あのね。昨日お会ったからね。いいのよ」

 わが息子くらいの方。表情がいい。笑顔で優しいまなざしだ。
 いつお会いしてもそう思うから、いいなぁ。新聞を読んでお
られた。「もう帰るわ。またね」手を振ってるわたし。

       出逢い
   いつどこでだれとだれが
   どんな出逢いを
   するか
    それが大事なんだ 
         なあ
            相田みつを

 ここのところ、仲のいい旧い友人が最近、誰も何にも言ってこ
なくて、どうしたかなぁと案じ、なんか、心配になっていたの。
  ……みんないったいどうしてしまったんだろう……
不思議なこと。連絡しあうが如くに電話が入りホッとしました。
 おととい 昨日の朝と夜 と、次々とね。うれしかったわ。

「元気だった。どうしてた?みんなは……なんか言って来た?」
「みんなどうしてるか、知ってる」
「うん。不思議なほどに、ここ2~3日で電話が来たよ」
「そうかぁじゃぁ元気なんだね。みんな思うのは同じかぁ」
「うん。私みたいに暇じゃあないからね。忙しいだよね?」
「あなたも、忙しいでしょ」
「ううん。わたしだけだわ。ひまじんは?私だけだわ」
「あなただって忙しいじゃん。また行くでね。食事しようね」
「それから、また、水送るからね。元気でないと困るで、ね」
「ありがとうね。いつも、そう気を遣わないで、大丈夫だから……」
「元気でいてよ!」
「うん。ありがとう」
 
 彼女。優しくしてくれて、いつもハワイの水を一箱、ときどきに、
送ってくれて、「これ、飲んで元気でいてよ」 って!
       {この水は身体にいいのよ……とね}
 それぞれの、この旧き良き友人たちの、いつも変わらない愛が、
私を、支えてくれるんです。なによりの幸せを感じるのです。
 一日、雨音を聞きながら、すっかり、怠け者になり、ゴロリ、ゴ
ロリとしてしまった。今日は頑張って歩かないとね。怠けるのはラ
クラク。怠け者ならすぐになれますわたし。うっふふふ。

  ☆☆かわいいいもうと☆☆
  {小さい頃の妹を思う}
 
 ちっちゃいいもうととわたしは
 いつも おそろいの洋服だった
 「ふたごですか」いわれたもんだ

 なにをやっても いい子で
 かしこい いもうと 可愛かった
 目がきらきらと 輝いてたな

 おねぇちやんなのに とわたし
 ほめられていい子は いもうと
 姉と妹が いつも 逆転しててね

 たよりのないあねだった ちっちゃいころ
 いもうとは自慢の可愛いいもうとだった
 「おねえちゃんなんだから」と、よく叱られた

 仲良しでよく遊んだな いつも一緒だった
 やさしくていい子だったいもうと
 早く死んじゃった  

 わからないものだと
 しみじみと思う 
 さびしい さびしい

 たよりになる たよりにしてた 
 可愛らしくて ちっちゃい かわいい
 いもうとが心のなかにいる
 
 ひとりのわたしは ちっちゃいころのいもうとを
 おさなかったころのいろいろ
 ときおり 懐かしく思うのです

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 十八史略の人物学
          伊藤肇 著

 <シュバイツェルの一言>
 佐藤栄作にも、同じような経験があった。
 はじめて総理になる直前、アメリカ大統領ケネディを表敬
訪問をした。
 正確にいえば昭和37年10月だが、時期が極めて悪かっ
た。後に「米ソが核戦争の危機でかろうじて立ちどまった、
1962年10月の13日間」と呼ばれたキューバ・ミサイ
ル危機の真っただ中だった。
 ――省略――
 佐藤がケネディにあったのは文字通り、ホワイトハウスが
重大な政治決定を迫られ、鼎(かなえ)の沸くがごとき混乱
状態のときだった。
 おまけにケネディにとっては、日本はアジアの一小国、オ
キュバィド・ジャパンの印象がぬけきっていなかった。した
がって、せいぜい謁見の時間は十分もとってもらえば上出来
だった。
 ところうが、佐藤は三時間も話し合ってきたのである。調
べてみたら、次のような事実が判明した。
 佐藤がホワイトハウスの大統領の部屋に入ったとき、案の
定、ケネディはけんもホロロだった<想像してた通りだな>
と思ったが、佐藤はさりげなく、一応の挨拶をすませ、さて
引きあげる間際に、「大統領、シュバイツェルを御存知です
か」と聞いた。
 シュバイツェルとは、ドイツ生まれのフランス国籍をもつ
宣教師で、ゲーテ学者としても有名で、音楽家としてもバッ
ハの研究で知られていたが、何よりも尊敬され、注目されて
いたのは、赤道アフリカのラムバレネに病院を建て、赤貧と
業病に悩んでいた黒人たちに救いの手をのばし、ノーベル平
和賞を貰った事実である。日本で言えば、昔の「修身」の教
科書にでも出てくるような人物であるから、ケネディが知ら
ないわけがない。そのシュバイツェルの名を日本人の口から
聞いたことに、ケネディは驚いたのだった。ところうが、さ
らに、その日本人は度肝を抜くようなことを言ってのけた。

「そのシュバイツェルが、こういうことを言つていますよ。
{戦に勝ちし国は敗れし国に対して、喪に服するの礼ををも
って処さねばならぬ}と…」

 戦勝国のアメリカ大統領は敗戦国の日本に対して、喪に
服する気持ちで接しなければならなぬのに、大統領、あなた
の態度はどうなのか!というわけである。

「松明は新しき世代に引き継がれた」とか「諸君が国家に何
をしてもらうかを考える前に、諸君が国家に何をなし得るか
を考えるべきである」というような格調高き大統領就任演説
を行ったケネディである。この一言が胸にしみないわけがな
かった。それまでは、全くとりつくしまなかったケネディが、
急に、態度を改め、胸衿を開いてとうとう3時間もの会談に
発展した。

ーーーーー次回に続くーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 前に書きましたが、ケネディ大統領に日本人記者が
「尊敬する日本人は?」と、
「上杉鷹山です」と、いわれましたよね。記者がみんな
 知らなかったという。ね。違ったかしらん?
 すぐ忘れちゃうわ。ああ ああ です。


 短歌

  ひとりゆえひとり気楽にすごす日々この幸せを有り難く思う

 俳句

  知らぬ間に老いていました早や六月

 川柳

  うわさとて75日と本当だな




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Comment

「諸行無常」 月日の流れは、、、

こんばんは
「知らぬ間に老いていました早や六月」
ホントに月日の流れは あっという間ですね
「諸行無常」
いつまで生きても 新たな??が、、、
それは案外繰り返しのことであったり、、、
忘却の彼方
忘れることは辛いことでありますが
それが人を救ってくれているのでしょう
いつも 考えさせられる記事
ありがとうございます。
  • posted by クメゼミ塾長
  • URL
  • 2016.06/20 21:05分
  • [Edit]

Re: 「諸行無常」 月日の流れは、、、

こんばんは。ありがとうございます。コメントありがとうね。
気がついたら、すっかり老いていましたわ。ひとり笑えるのです。
老いるってことは知らず知らずに忍びより、気が付いたらもうね。
亡舅姑の気持ちがいろいろと今ならわかってあげられたなぁなん
て思うのですが……。
 ”子供叱るな来た道じゃ 年寄り嗤うないく道じゃ”
 まったく、身にしみる、箴言ですわ。うっふふ。
 ありがとうございます。
 そして、こちらこそ、いつも、ありがとう。感謝します。またね。
 
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2016.06/20 21:26分
  • [Edit]

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

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