おばあちゃんのひとりごと

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「愛(ラブ)と言う言葉が入ってきて、その言葉の意味を教えられた日本人は、それを「思い」と訳したそうですが・・・・。

 一つ、いいことを聞いたら、その一つだけでも実行
 してみる。これが大切なのです。その実行が周囲と 
 調和して生きる道を教えてくれるのです。そして周
 囲も変えていくのです。
               庭野日敬

 そうですよね。私にできることは、いつも、誰に対しても
笑顔でいるということなんですが、これが案外難しいのです。
根本的に、甘えた我儘さんだからね、これを、心掛けて謙虚
に、いいと思うことを努力しないとね。さぁ微笑もう。
 またまた、昨夜は眠れなくてね。疲れたわ。ああ。ああ。
 昨日の暑かったこと。久しぶりに旧い友人を誘いましてね。
彼女は私にあったら、私の顔を見て、驚いてね。
「なに、どうしたの?」
「どうしちゃったの?何があるの?今日化粧してきたの……」
「いったい、どうして?」
「日焼け止め塗ったの……」と…ね
「なぜ。なぜなの…うるさい」と言いたくなるが……黙る。
 もう、たまに化粧したらね。アッハ アッハ。いやだぁわぁ。
 そんなにも、化粧すると違うのかねぇ?戸惑うよ。
 一緒にランチしお買い物につきあいました。彼女が入るのは、
 最高級なるブランド品店なんですもの。平気で入っていくを
知らんかをして、私も堂々とついてくのだ。
 まぁこの友人とは、いつものことなんです。仕方ないから、
胸を張って堂々と一緒にいきましたが……羨ましいわけでは
ないけれど、ピンからキリまでこの世の中あるものです。
 そこで買い物なされている方を、見かけては……ウワぁォ。
友達はそれでも、コーヒーのみながらいうのです。

「私は、不幸だわぁ。いまひとりのこの生活になるとは……」
「なんで、あなたは、幸せじゃァないの……幸せだよ」
「そうかなぁ……」
「○○ちゃんが、一番幸せかなぁ?」
「なんでそう思うの?……」
「みんないろいろあるのよ」
「幸せなんて、自分が考えるものなのよ。自分が決めるのよ」
「あなたは幸せよ。そう思ってください。」
「……」
「みんな、人生、同じなのよ。いい時も悪い時もある」
「あなたは、ホント 幸せよ……」


    点数
  にんげんはねぇ
  人から点数を
  つけられるために
  この世に生まれて
  きたのではないんだよ
    にんげんがさき
    点数は後
      相田みつを


   ☆☆うっふふふ☆☆

   わたしって いつも 
   だめなんだよ ふっふふふ
   何にもうまく話せない
   この馬鹿さに泣く

   ああ ああ つて

   わたしはいい人じゃァない
   でも悪い人じゃぁない
   さびしいひとだけど
   さびしくないふりしてる

   いつも ふふふと笑ってる

   そうやって いつも
   大波大風が吹き荒れ
   真っ暗闇の海底を
   真っ暗な空のなかを

   私はいい人でありたいと努力し
   穏やかで魅力的でありたいと思い
   のほほん ゆったり ゆっくり
   太陽のように かがやき きらきら していたい

   いつも そういう 生き方で
   そうでありたい 努力をする
   のほほん うっふふふと ほほ笑み
   そのすべてを ただ ただ 眺めてる

   いつも そうでありたい そう思っている

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 人生、心がけ
               庭野日敬 著

 <地球全体が一軒の家>
「たとえ無神論者であっても、自分が全体の中の一部である
と知っている人は宗教的な人である」と言ったのはガンジー
翁だったと記憶しますが、ふつう、自分が全体の中の一部で
あることに気ずかずにいる人が多いのです。そして、そのこ
とこそが、さまざまな苦しみの根本原因なのです。
 いま盛んに言われているエコロジーという言葉はギリシャ
語のオイコス(家)とロゴス(理論)というニつの言葉から
できているのだそうです。つまり地球を一つの家とみなし、
そこに存在するすべてが、共生するための理論、それがエコ
ロジーということになりましょう。とすると、それは仏教の
「諸法無我」の教えと同じことになります。
 そうしたさまざまな存在と自分が一体のものであるという
関係を、自然と共に生きてきた多くの人たちは、からだで理
解してきました。

 たとえば、アイヌの人たちは、鹿を捕えてその肉を食べる
とき必要な分だけ取ると、残りの肉は木の枝に掛けておいた
そうです。フクロウに食べさせるためです。また笹やぶの中
にも肉を置きました。狐や狸たちのためです。
 すべては神のものだから共に分け合って生きるのだ、とい
う考えを持っていたわけです。そういう謙虚な心を、いま私
たちは忘れてしまっていることが問い直されているのではな
いでしょうか。

 また、飛騨の樵は山の木を切るときに、「堪忍しておくれ」
と言って、木に酒をふりかけ、いよいよ倒すときには、「倒す
ぞ」と大きな声で山の神に危険を知らせたといいます。

 すべてのものの命へに畏敬、それに生かされる感謝の念を持
っていたのです。外国から日本に「愛(ラブ)という言葉が入
ってきて、その言葉の意味を教えられた日本人は、それを「思
い」と訳したそうですが、すばらしい訳ではありませんか。
 
 私たちは、自分が生まれていない過去の世界から、自分がい
なくなってしまう未来の世界まで、永遠とも言える時間的つな
がりの中で、想像もできないほどの多くの人や物に支えられて
生きているのです。そうして周囲とつながっている存在だから
こそ、だれかが何かをしたことが自分に影響を及ぼし、また、
自分が考えたり行なったりしたことが、必ず周囲に影響を与え
ていくのです。

 その互いに影響し合っている関係が見えずに、自分一人の力
で生きていると考えることから、わがままが生まれ、その結果
「自分の思いどおりにならない」と腹を立てそれで苦をつくっ
ているのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 そうですよね。わがままからね。我儘な私ですので、身に
しみます。

 短歌

  暑いなあひとりごと言う夏の夜や涼み台花火したりしたよね

 俳句

  友と歩く日傘そぉっとさしくれし

 川柳

  老いるごと穏やかになるわが身なり


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