おばあちゃんのひとりごと

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漱石の場合も、蘆花の場合も、悪妻のレッテルを貼られたご夫人に私は同情しますね。

 「輝子さまは「茂吉は、神様のような人でした」ってくり返し
 おっしゃっていて、私はそれが、ものすごく印象に残ってい
 るんです」
                黒柳徹子さんの言葉

 いろんな夫婦の関係があるもので、いいもんですね。
 斎藤茂吉さまと輝子さま。お孫さんの書かれた本から……ですが……。

 昨日はゴロゴロしていましてね。でも整形外科に行かなくては、薬が
無くなるのでと出掛け、リハビリをしてもらい、その後、郵便局へ行き
郵便の窓口の人と話し、帰るときに、ときどきお会いする局員方が、寄
ってこられ、お若い女性なんですが。
 「お久しぶりですね。待っていたんですよ」
 「あのね○○さんが転勤になったんです。明日まででね」
 「きっと、フェアリーさんにお会いしたいと思っているわ」
 「転勤されるの。ありがとう」
 「今は、ちょっと席をはずしているんです」
 「まぁありがとうね。じゃぁ少し待ってみるわ」
 「やはり、明日、また寄るからね……」
 と帰ろうとしたら、遠くからこちらにみえたのです。微笑みながらね。
ああ ありがたい。お会い出来ました。こんなときには感じるのです。
 なんだか、何処かで、神さまか仏さまがお導き下さっているとね。
だって、いまは、その方は郵便の方ではなくて、払いこみや預金の奥に
おられ、私はそちらにはようがないのですもの。お会いすることがなく
でも、今日は、偶然にあえるんですもの。不思議。不思議。うっふふふ。
 そうやって「あいたい」と、思ってくださる心が嬉しく、ありがたい。

         生

      あなたがいられる
      それだけで
      わたしは生きてゆける
      ああ
      あさゆうのいのりを
      あなたにささげ
      きのうがあり
      きょうがあり
      あすがある
                              坂村真民


   ☆☆疲れる 疲れたな☆☆
     {亡き母の教え}

      つかれたなんて
      いってはいけない
      どこかがいたい
      ちょうしがわるい

      そういうことは言わないだよ
      
      誰が聞いても
      いい気もちじゃない
      黙って我慢しなさい
      そう教えられた
      
      だからいわないようにしてる

      なんだか なんとなく
      ああ ああ 疲れちゃった
      ひとりごと ひとりごと
      たしかに言わないがいいよなぁ

      やっぱり いわないがいいね 
      おかあちゃん ありがとう

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 猛女とよばれた淑女
  祖母・斎藤輝子の生き方
                 斎藤由香

 ――-省略―――
 ついに茂吉の堪忍袋の緒が切れて輝子と別居を決意する。輝子は37歳でだった。
厳格でな女子学習院の同窓会組織である常盤会からは除名され、名家のご夫人らは
眉をひそめたが、輝子は一言も弁明することがなかった。
 その事件の頃、父(北杜夫)はまだ6歳で幼かった。布団で寝ていると、夜遅く
に箪笥を開け閉めするカタカタという物音がする。翌朝、輝子は忽然といなくなっ
た。茂太は17歳であったが、長女百子は8歳、昌子は4歳と幼く、母親に甘えた
い年頃で、父は心細さにのあまりに布団の中で泣いた。ただただ寂しかったという。
大好きな母親が家の中から突然、消えてしまったのだ。
 茂吉と輝子の結婚生活20年目の破局だった。

   二十年つれそひたりしわが妻を忘れむとして巷ゆくも

 ところうがそれから一年近く経って乳母である松田の婆やが父達に輝子の所在を
教えてくれた。青山脳病院の本院にある、輝子の弟・西洋の家に居候をしていると
いう。父達は病院の車に乗って輝子に会いに行き、三人の子供は母に抱きつき、長
い間泣きじゃくった。18歳の茂太だけ、困ったような顔して後ろに立っていたら
しい。
 その後、子供たちは母の居場所がわかって安心したのか、ちょくちょく理由をつ
っけて会いに行くようになる。茂吉は子供たちが会いに行くのを知ってはいたが、
止めるようなことはなかったらしい。
 輝子が母親らしい気持を抱いたのがこの頃からだった。
―――省略―――
 生前、夕食の席で輝子はよく言っていた。
「茂吉という人はふつうの人ではつとまりませんでしたよ。いつもぴりぴりしてい
て気の毒でした。本当に利口な女か、本当に馬鹿な女でないかぎりそばにいるのは
無理でしたね。文学をやる人はなかなか一筋縄ではいかないんですよ。強烈な個性
と自我を持たなければ文学の道で一流になれない。そういう夫を持った妻は悪妻に
させられずには済まないんです。だからおばあさまはわざと悪妻ぶっていたの。漱
石の場合も、蘆花の場合も、悪妻のレッテルを貼られたご夫人に私は同情しますね」
 ――-省略―――
_________________________________
 明治28年うまれの輝子さん。大病院のお嬢さんとして乳母日傘で育ち
 9歳で斎藤茂吉と婚約、一流を好みながら贅沢を嫌い、権威をものとせ
 ず、明治女の気骨をもって、関東大震災、東京大空襲などの困難を毅然
 ト乗り越えた。茂吉を看取ってから海外旅行に目覚め」、89歳で亡く
 なるまでなんと世界108カ国を旅した。
_________________________________
 斉藤茂太氏と北杜夫氏のお母様です。

 短歌

  眠れないと疲れが出るよ疲れたとついひとりゆえついひとりごと

 俳句

  バイク音わざわざ響かせ夏騒ぐ

 川柳

  あちこちの地震に震えこないでよ


    
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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