おばあちゃんのひとりごと

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「あたしは、多病息災。病気の数でギネスブックにのりたいわけじゃないけれどね。」

「悪いことはするな!いいことをしろ!」(緒悪幕作、衆善奉行)
              道林和尚


 簡単なようでいちばん難しいですね。「はい」……。
 いよいよ、オリンピックがはじまりましたね。選手の皆さんが、実力を
発揮出来たら嬉しい。努力努力の人らですものね。応援したい。
 この間ね新聞記事を読んでて桂歌丸さま、笑っては申し訳ないというに、
エッと、驚いて不安になり、大丈夫かしら?そして笑えて、涙しちゃいま
した。そして、心からこれからも、お身体を大事になされご活躍をしてほ
しい、病気に負けずに、ご立派に頑張ってください。思いました。

 いつもの、喫茶店には新聞が揃っていて、その新聞が読めるのもありが
たくてね。こういう心に残る記事は、手帳に書き留めてくるのです。だっ
て、それも、結構、何度も読めていいものなんです。そして、少しは、脳
の働きにもいいかな……と、思いまして。ささやかなる努力です。
 
 
ー:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:
            2016・8・4(木)読売新聞より
 <一病息災>        落語家 桂 歌丸
 
 29歳で笑点の大喜利レギュラーになった。
 37歳で独演会を始める。一見、順調に見える出世街道も、実は病気が
”旅仲間” だった。
 「あたしは多病息災。病気の数でギネスブックにのりたいわけじゃあ
ないけれどね」若いころから、メ二エール病で左耳はつねに耳鳴りがす
る。40歳代でヘル二ヤを患って以来、蓄膿症、胆のう摘出と手術が続く。
 2000年60歳すぎで、急性汎発性腹膜炎はさらに大ごとだった。
 自宅で突然、激しい腹痛に襲われた。七転八倒して声も出せない。救
急車に乗った瞬間、意識を失った。
 腹腔内全体に炎症が広がり、緊急手術が始まる。手術前の集中治療室
かけつけた娘が話しかけた。
 「お父さん、あたし、誰だかわかる」
 「ブタ」
 「何かほしい?」
 「カネ」
 娘はのけぞった。意識もうろうなのにお客を笑わせるつもりでいる……。

 落語家の暮らしは不規則で、教科書通りの健康管理はできない。肉を
食べないなど、偏食も直さなかった。
「今の時代、医者から「太ってくれ」と頼まれるのはあたしくらい」
 病気が重なってもへこたれないから、ただこうも考えた。
「病気とけんかしちゃいけない。本気でやったら、相手にかなうわけが
ない。向こうの言い分も聞いて、ある程度仲良くやっていこう」と。

ー:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:
 
  ☆☆すごいな、えらいな☆☆

    この世のなかには

    ほんとうに立派な人や
      すごい人は
       おられ

    なにがあったって
      乗り越えて
       ゆかれ

   どんなことがあったって
     堂々と歩まれゆく
      ものともせず
    
     立派な人はおられる
   素晴らしい人生を歩いておられる
     尊敬するのです

     大事なことは
     わるいことはやめ
     いいことをしたいな

    すぐ忘れてしまうが……わたしだが?

----------------------------------------------------------------------------------------
 へたな人生論より葉隠
             本田有明 著

 ●自分の可能性を信じて挑戦し続ける
 何年か前に、日本を代表とする経営者の方々に依頼して、「私を育てた詩」とい
う本を、編集したことがある(日本能率協会刊)。その際、多くの人がこの詩をあげ
ていたのには驚いた。一部を抜粋してみると……

 青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う。
 青春とは怯懦(きょうだ)を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
 ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。
 年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。
      (サムエル・ウルマン「青春」昨山宗久訳)

「私を育てた詩」としてこれをあげた人は、自分はまだ心の青春を失っていないと
自負しているいるのだ。それが経営にあたる者のパワーの源泉であるとともに、と
きとして老害をもたらす原因ともなる。この詩は、自家発電の余熱がたっぷりある
経営者よりも、すでに元気をなくしかけた「自称・不運の人」たちに暗誦してもら
いたい。
 七転び八起きとはいっても、実際に七度も痛々しく転ぶ人など、まずいない。仮
に、あなたが過去に何度か不運にみまわれたことがあっても、大きな失敗は七度も
ないはずだ。まだキャパシティは充分にある。そう思って新たな「浪人」に備えよ
う。
 七度といえば、常朝は「何度でも」という強意の場面でよくこの数字を用いる。
次の例などもそうだ。
 -・-・-・-・-・
 病気などというものは、気のもちようで重くも軽くもなる。私は父親が七
 十歳のときの子どもで、影法師のようにひよわだったが、老年になってお
 役に立つぞという大願があったから、あるときから心身が強くなり、つい
 ぞ病気などしたことがない。房事を慎み、灸などもすえている。これには、
 確かな、手ごたえがある。
  毒蛇は七度焼いても元の姿に戻るということだ。自分には大願がある。
  七度死んでも佐賀藩の武士として生まれ変わり、お家のために働くこと
 だ。それが本望だ、心にしっかり刻み込んでいる。(聞書一・一二九)
 ー・-・-・-・-・-・
いわゆる七生報国の思想である。
 戦時中はこれぞ日本男児の本懐として持ちあげられ、そこから「葉隠」は
古典としてよみがえった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 たしかに、この詩は中高年の男性に好かれるようで、本を読んでても書かれ
ていて、よく目にしますし、講演会などでもよき聞かせていただきました。
 この詩が好かれているのを感じてました。
 ここに、書かれていましたので……。

     年を重ねただけで人は老いない。
         理想を失うとき初めて老いる。
                 サムエル・ウルマン

 
 短歌

  夏の夜や今夜も暑し気をつけて熱中症おそれつ眠る

 俳句

  蓮の花咲くときポンというらしい

 川柳

  夏祭り人多いのがまつりだな
 
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

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