おばあちゃんのひとりごと

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武士というのは、農工商三民の頂点に立って、彼らの模範にならなければならない存在だ。

 人間関係はすべて「相手の言うことをていねいに聞く」ところ
 から始まるからだ。  
               本田有明

 そうなんでしょうね。ついつい、話しは聞くことよりも、すぐ口をはさみ
たくなってしまいますものね。ていねいに、聞く人になりたいものです。
 簡単なのに、それが、知らないうちに、口をはさむ……。とほほ。ふふふ。
 オリンピックでね。カヌーで日本で初メダルなんですって!皆さん、立派。
カヌーで羽根田卓也選手が銅メダル。そして柔道で永瀬貴規選手も銅メダル。
皆さんの顔が輝いています。福原愛ちゃんもがんばっておられうれしいです。
 そして今日も猛烈な暑さ、熱中症に厳重注意とのニュース。昨日もですが、
テレビ見ていると、最高気温だ、熱中症だの、なんだかんだ、というので、
不安になって、家にいようかと、引っ込んでいたけれどもね。やっぱり、出
掛けようと、出掛けたら、偶然、若いママさんと女児と会えた。
 「こんにちは、暑いねぇ」
 「元気だった……」
 「うん、ありがとうね。メールもありがとう」
 「まあ会えてうれしいわぁ」
 「また、大きくなったねぇ」
 「そう。そう。嬉しいね」
 当たり前のことを、あたりまえに話せる、それがうれしい。
 しばらく、立ち話して、楽しいひとときだった。ありがたい。
 子どもは、ちょっと、見ない間に大きくなり、嬉しいものです。
 
      あなたの
      こころが
      きれいだから
      なんでもきれいに
      見えるんだ
      なあ
          相田みつを


   ☆☆ああなんてお馬鹿なんだろう☆☆

    いつも思うのです
    自分の心はじぶんのもの
    きれいなつもり

    そんなこと思うお馬鹿

    じぶんなんだもん
    いいことはして悪いことはしない
    そうしていてもな

    なんとなくお馬鹿だな 当然よね

    なんかいけなかったかなぁ 
    かんたんなことが 難し
    あれれっ いい 悪い

    お馬鹿でも考えるのだが しかし

    悪気じゃァないんだけれども…… 
    なんだか さみしくなってくる……
    すれちがう なにかが……

    じぶんはお馬鹿なんだから ああ ああ ふふふ
         
ー:-:-:

  馬鹿が馬鹿を馬鹿だといえば、馬鹿が馬鹿を馬鹿だという。
  馬鹿で持ったる我が世なりけり。
               斎藤緑雨
    
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 人生の師
 「一期一会」をどう生かすか
               童門冬二 著

 簡単には風化しない”いい顔”つくる
 <ゆすられる貧乏学者> 
 伊藤東涯は江戸時代中期に京都で塾を開いていた儒学者だ。父は仁斎である。
子どものときから、東涯は父の人の導き方を目のあたりにしていた。仁斎は、東
涯も弟子の中にぶち込んで、同じ教育をしていたから、父を見る目というより師
を仰ぎ見る目で東涯は仁斎を見ていた。
 東涯もそうだったが、仁斎はいつも貧乏だった。あるとき、十人ばかりの門人
が講義を聞いているときに、玄関に4,5人の浪人が来た。ゆすりである。この頃
浪人たちが京都の市民の家を訪れては、ゆすりやたかりをするのが流行っていた。
しきりに大声を出して、
 「寄付を頼む! 寄付を頼む」
 と怒鳴っている。仁斎は当惑した。いつまでたっても浪人たちが帰らないので、
ついに立ち上がった。
 「悪いが、ちょっと講義を中断します」
 そう言って応対に出た。
 「おぬしが先生か」
 「そうです」
 「人を導く者ならば、応分の蓄えがあるだろう。少し寄付してもらいたい」
 「人を導くと言っても、それは学問で導いているのであって、金で導いている
わけではない。金の持ちあわせはありません」
 「嘘を言うな。いま、京都で伊藤仁斎といえばたいへんに評判の高い学者だ。
門人もたくさんいると聞いた。月謝でウハウハと笑い暮らす身分だろう。少しは
俺たちに分けてくれ」
 無礼な浪人たちのいいがかりに、仁斎は怒った。しかし、浪人たちはああ言え
ばこう言うという調子で執拗だ。からみついたヘビのように離れない。仁斎はも
てあました。このとき、門人代表が後ろから呼んだ。
 「先生、ちょっと」
 「なんですか」
 振り向くと、門人の代表が金を包んで差し出した。
 「われわれ門人で多少持ちあわせのある者が、それぞれ金を出し合いました。こ
れをお渡しください」
 低い声でのやりとりだったが、たとえ聞こえなくても二人が何をしているかは、
浪人たちにわかった。浪人たちは顔を見合わせて二ヤリと笑い、舌なめずりをした。
大きな儲け口にぶつかったと思ったのだ。仁斎は門人からの金の包みを受け取った。
浪人たちはあの包みがそっくりこっちへに渡されると踏んでよろこんだ。

<タカリ浪人の心根をたたき直した仁斎流 ”武士道”>
 しかし、仁斎は金の包みを浪人たちに渡さなかった。ひざの上に置くと、こう言
った。
 「これから、おまえたちに説教をする」
 ――-省略―――
 「さっきも言ったように、私は貧乏で金の持ちあわせなどない。しかし、たとえ
金がたくさんあったとしても、おまえたちには渡さない。つまり金を渡す渡さない
は、無心に来た者に ”義” があるかないかによって判断すべきだ。おまえたちに
はその義がない。おそらく、この金を渡しても、すぐ遊興に使ってしまうだろう。
いったい、おまえたちはどういうつもりでこの世の中を生きているのか。
 たとえ浪人していても武士ではないか。武士というのは、農工商三民の頂点に立
って、彼らの模範にならなければならない存在だ。その武士が先に立って、ゆすり
やたかりをし続けるとは何事だ。
 私が貧しいのを知っている門人たちは、おまえたちの理不尽な、ゆすりに対して
こうして金を集めてくれた。門人たちの温かい心は、涙が出るほど嬉しい。本来な
ら、この金をこのまま渡せば、厄介は消えてしまう。お前たちも喜んで立ち去るだ
ろう。しかし、私はそうしない、なぜなら私は毎日門人たちに義を教えている身だ。
義を教えながら、その自分が自ら義を破ったのでは、師の資格はない。
 学者の立場からいっても、この金は渡せない。不満で私をどうこうするというの
のなら、かまわぬ思う存分しなさい」

 浪人たちはたちまち怒って仁斎に躍りかかるかと思った。ところうがそうはしな
かった。話の途中から、浪人たちはしだいにうなだれてしまったのである。そして
互いに旨を突き合った。
 「出直そう」
 という意思表示だった。すごすごと去りかける浪人の中から一人が戻ってきた。
 土間に正座して手をついた。
「いろいろご教示ありがとうございました。恥ずかしうございます。
 さすが伊藤仁斎先生です。恐れ入りました」
 と丁寧に挨拶した。負け惜しみでもなんでもなかった。その浪人は真実に仁斎の
教えに感動したのである。

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 短歌

  オリンピック見ては感動しありがたいここまでくるに努力でしたね

 俳句
 
  造花店ひまわり素敵見惚れてる

 川柳

  寂しさは誰の心もいっぱいだ


  

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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