おばあちゃんのひとりごと

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「田中耕一君を推薦します。田中君は、将来あなたの会社で必ず役に立つ研究者になります」

好きな人のことをしてるときには、ちっとも疲れない。
嫌な奴に頼まれると、半紙一枚もったってくたびれる。
              中村天風

 なんだか、うっふふと笑えますね。正直なこころ。
 でも、自分では気づかずに、案外、当たり前にやっているでしょうね。
 そう思うのです。私。心をまず切り替えて、嫌いなことは、好きになる
努力をするがいいと、そうすると、なんだって笑顔でうまくできるからね。
 これは、昔、嫁いでからというもの、それを、せつに感じましてね。うっ
ふふ……実感し、自分で切り替えることが大事だと、思ったもんです。
 昨日も暑かったですね。ふうふうで姉夫婦が1時間半かかって野菜を届け
てくれ、そのあと、食事にも連れて行ってくれました。美味しかったわぁ。
大阪の風月という、イオンのなかにある店ですが、イオンは人・人でいっぱ
いでね。家族連れが多く賑やかで、ほのぼのさを味わいました。
 家まで送ってくれて、車を降りたら、いつものガードマンのおじさんが、
私を見てたらしく、知らぬ間に、防護柵を開けて待っていてくださいました。
 なんていい人なの。どう、入ろうかと考えていたんです。
 車の中からお義兄さん夫婦が笑って見ていてね、「バイバイ」し、ガード
マンさんにも「ありがとうね。助かったわ。暑いから気をつけてね」とね。
些細なことかもだけど、なんでもないような その優しさが嬉しいのです。 
 私には、ありがたいことでした。段ボール箱2個にいっぱいに、愛情の、
茄子・胡瓜・トマト・ウリ・ピーマン・手作り味噌・米・梅干・南瓜……。
いっぱいだぁ。美味しいの、新鮮でねぇ。ありがたいこと。感謝です。
 ミニトマトをすぐに洗って食べて見て「ああ、美味しい」とひとりごと。
 早速茄子を塩もみして、いただいちゃいました。おいしい!ありがたい!
 日曜日。真夏の暑さの中。おにいさん夫婦はくたくたでしょうね。私のこ
と少しでもラクにさせてあげたいと……やってくれたたんです。


       生きていて
       楽しいと思う
       ことの一つ
       それは
       人間が人間と
       逢って人間に
       ついて話をする
       時です
        相田みつを


       ヽ( ´_`)丿ヽ( ´_`)丿ヽ( ´_`)丿
    ☆☆忘れよう 忘れようかな☆☆

    なんとなく過ぎていくなか
    なんだか大切な何かを
    どこかに忘れてきたようで
    なんとなくときどき
    不安になる

    それが気になりだすと
    心の不安は広がっていく
    それがなんだか嫌で
    すべてを忘れたくなる
    そうして そうしてね

    忘れてはいけないことを忘れ
    忘れていいことを忘れられず
    忘れることの大事さを 知りつつ
    忘れていけないことを
    忘れることを気にしてる
    
    しかし もう 忘れてしまおう
    忘れる忘れる
    忘れないも忘れ
    ああ 忘れることを
    今 学んでいるよ
   
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
理科室から生まれたノ-ベル賞
             田中耕一ものがたり
                 国松俊英 著

 第5章 もったいないが生んだ大発見
  1978年3月でした。耕一は東北大学に合格して、入学手族きをす
るため、戸籍謄本が必要になりました。
 戸籍謄本を耕一がみれば、光利と春江の実のこどもでなかったことがわ
かってしまいます。母の春江は、それまで話してなかったことを、耕一に
話しました。
 「えーっ、ぼくは、しらんかった」
 耕一は大きなショックをうけました。二階にあがったきり、夕食になって
もおりてきません。春江は部屋にいっていいました。
「ほんとのお母さんはなくなったんだから、どうにもならんことだ。今まで
通り、かあちゃんというてくれればいいから」
 すこしすると、今までどおりのの耕一になっていました。けれど、心のな
かではきりかえし、自分に問い続けていたのです。 
 「どうしてぼくは気がつかなかったんだろう。気がついていれば、両親に
対していろんなことができたのに」 自分をせめました。  
  大学に入学できて、新しい気持ちで勉強やサークル活動にうちこむとき
です。それなのになにもする気がおこりません。気力のないまま大学生活を
続けていました。
 大学2年の時には、必ずとらなければならないドイツ語の単位を落として
しまいました。そのため上の学年にはすすめませんでした。
「こんなことではいけない。いつまでもくよくよしていたら、両親が悲し
む。元気を出そう」
 耕一は自分を励ましました。それからは、いままでのおくれを取り戻すか
のように猛勉強をしました。
 「切磋琢磨」という言葉が好きでした。これは、石や玉を切って磨くよう
に、こつこつと学問をしたり美術や工芸の腕を磨くことをいいます。
 高校卒業の前、書道の先生にこの言葉を色紙にかいてもらいました。色紙
を丸い額に入れて、下宿の壁に飾っていました。そして、自分もその言葉の
ように、こつこつと勉強を積み上げていこうと、いいきかせていたのでした。
  四年生となり、大学院に進んだらどうかと、という話がありました。けれど
これ以上両親にあまえるわけにはきません。自分の力で食べていけるように
就職する事に決めました。
 耕一が就職したかった会社は、ソニーでした。大学でテレビの電波障害の
防止を研究していたので、この会社がいいと思ったのです。けれど、就職試
験に落ちてしまいました。
 そんな耕一をあたたかくも守っていたのは、卒業の前の一年間を指導した
安達三郎教授でした。耕一が就職の相談にいくと、安達教授はいいました。
「京都に、とてもすすんだ仕事をやっている会社がある。試験機や測定機器
をつくっていて、将来性があると思う。島津製作所という会社だ」
「はあ、島津製作所ですか」
 ―-省略――
 安達教授は耕一にいいました。
 「世界を相手にこれまで誰もやっていない新しい仕事をしなさい」
 そして教授は、推薦状につぎのようにかいてくれました。
 「田中耕一くんを推薦します。田中君は、将来あなたの会社で必ず役に立
つ研究者になります」
 耕一は合格し、島津製作所で働くことがきまったのでした。

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 誰でもに、あるんですね。
 みんな長い人生あるもんです。ある。ある。ね。

 短歌

  なんという暑さなのかとひとりごと地球が泣いている気のしてる

 俳句

  めまいまでしそうな暑さ酷暑かな

 川柳

  ついついと暑い暑さや秋遠し



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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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