おばあちゃんのひとりごと

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この話が大好きです。親鸞上人のような立派な偉い人でも、そう思うところが素敵で……寂聴さま

 言葉には魂が宿っている。メデタイ言葉、きれいな言葉、
 思いやりのある言葉を使って幸せをよび寄せよう。
                  岡本彰夫


 昨日のこと、お出かけから帰ってこられた、たまにお会いする若いママ
と、ちちゃい女の子と会いました。赤ちゃんのときから会うたびに育ちゆ
く姿が楽しくて、そして、とても ”愛嬌よしの子ども” 出会うと幸せな
気持にさせてくれて、嬉しくなる女の子なんです。
 可愛いそれは素敵なドレスでお洒落しているので、
「まぁ、なんて素敵なの……可愛いわぁ…お姫様ね」
「今日はね、写真館が開店で、無料で写してくれるというので……」
「有名なフォトスタジオが新しくできたんですよ。そのイベントで……」
「写真を撮ってもらいに、行ってきたんです」
「そりゃぁ!まあ!良かったわね。よく見つけて行けて良かったわね」
「嬉しいね。とっても素敵よ。またね。バイバイ」
 昨日夕がたのニュース偶然見てたら、その親子さんが「フォトスタジオ」
オープンのニュースにバッチリ、インタビューもされており不思議・見れた
ので、今度会ったら、言ってあげよう「とっても、素敵だったよ」ってね。

 偶然に出あえて、話ができ、聞けて、愛らしいドレスすがたにが見れて、
こういう自然、そのテレビニュースまで、見れたことがとても不思議!よ!
ああ、ちゃんと、そうやって自然にそのチャンスを下さるのですよね。何
か見えない力があるなぁ。そう思うわたし。

 いつも、とっても明るくて優しいママで、その女の子のやることなすこと
仕種が可愛らしくてね。まだ3歳くらいだと思う。何度聞いても年をすぐ忘れ
る私。その子が愛されて育っているのを感じるのです。ママも、いつもニコ
ニコされて声を懸けると喜んでくださいます。そういうときに思うのです。
 声もかけられない親子さんもあり、こうして笑顔で接して下さって「この
子が幸せに大きく育ってくれますように……」と会うたびに心で願うのです。

    ひとつぶでも まくまい
    ほほえめなくなる種は
    どんなに小さくとも
    大事に育てよう
    微笑みの芽は
      「小止観物語」


  ☆☆笑顔って不思議☆☆

     笑顔に会うと
     思うのです
     感謝するのです

     笑顔って不思議
     うれしくて
     心がホッとするから

     そういう笑顔は
     ほのぼのとし 
     ありがたくなるのです


--------------------------------------------------------------------------------
寂聴 仏教塾
             瀬戸内寂聴 著


「信は任すなり」
 ――省略ーー
 私たち現代人の不幸は目に見えないものを信じなくなったことに
あると思います。目に見、手に触れなければ信じられないというの
は赤ん坊で、およそ想像力がないということです。目に見えないも
のに「心」、「神」、「仏」 があります。
 私の好きな話があります。
 浄土真宗を開いた親鸞上人に、弟子の唯円という人が相談をしま
した。
「私は極楽浄土に行きたいと思って、一所懸命念仏を唱えています
が、ありがたいという感じがしないんです。
 どうしたらいいでしょう。
 この気分はよく分かります。南無阿弥陀仏と唱えたからと言って、
阿弥陀さまが彼岸から「聞こえたぞう」って答えてくださるわけで
はないでしょう。念仏を唱えたら、空がピカピカッと光るとか、虹
がかかったというなら分かりやすいけれども、そんなことはまずあ
りません。
 唯円が「ありがたい気持ちがしない」と言っているのは、そうい
うことでしょう。
 すると親鸞上人はどう答えたか。
 「唯円よ、わしも同じじゃ」
 この話が私は大好きです。親鸞上人のような立派な偉い人でも、そ
う思うところが素敵ではないですか。また、それを正直に弟子に答え
るというのは、何という立派でしょう。
 信仰というのは、全部を任せること。阿弥陀さまが何にも返事して
くださらなくっても、南無阿弥陀と唱える。浄土に連れていってくだ
さることを信じきって念じるしかないのです。
 親鸞上人は唯円に向かってこうも言っています。
 「少しでも病気をすると、このまま死んでしまうじゃないかと心配
になってしまう。死ねば浄土に行けると分かっているのに、ちっとも
早く死にたいとは思わない。この娑婆という世界はなかなかに離れが
たいし、見たこともない浄土は少しも恋しくない。寿命が尽きたなら
ば、浄土に行きたいとは思うのだが」
 これもまた素晴らしい告白です。浄土に行きたい。でも、早く死ぬ
のはイヤだ。私たち凡夫と同じことを親鸞上人も感じていたのです。
 親鸞上人ほどの人であれば、死を達観していたのかと思いがちです
がそうではなく、私たちと同じというのは、なんと嬉しい話でしょう。
 いくら、この世が苦しくても、辛くても死ぬのはイヤ。人間らしく
ていいじゃァありませんか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 こんな時に思い出します。
仙厓義梵さまがおっしゃられたとか。
ー・-・-・
 命旦夕に迫ったとき、弟子がいいました。
「和尚様、最後に遺偈のお言葉をお願いします」
 すると、
「死にとうない、死にとうない」
「天下の名僧たる方が、そういわれては見苦しゅうございます。何か
気の利いたお言葉を」
「ほんとに、ほんとに」
      「さわやかに死を見つめる80の話」公方俊良 著より
なんか好きなんです。このお話がね。

 短歌

  ありがたい生きて楽しみ幸せを感じて老いのひと日はゆかん

 俳句

  あついなぁ秋の陽ざしや強しつよし

 川柳

  老いること知らずに生きて老いを知る



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Author:フェアリーグランマ
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