おばあちゃんのひとりごと

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ある日、少年に奇蹟の面会者が現れた。

 読書は心の食物、肉体を養うために毎日の食事が欠かせないよう
 に、心を豊かに養う滋養分として読書は欠かせない。
                   哲学者 森信三


 なんていうか、苦労やら難儀やらいろいろと会ったときなど、本を読む事
で脳のどこか何かが教えられ閃いてくるのです。そして心を切り替えられて、
ありがたいもんです。心の滋養になる。たしかに、読書は私にはとても必要
なんです。まだまだ、心が豊かに育っていないなぁ頑張ろう……。
 今朝、外は晴れていますね。昨夜も眠れなくて困りました。あーあです。
 昨夜、友人が電話くれてね。ご主人さまがご病気で、看病を頑張っておら
れるのです。やぁと、話していました。いい友でやさしいなぁ……。
 そして、東京から手紙がきまして、憧れの人なのでときどき季節ごとに手
紙を出させていただくのです。何でもがお詳しくて、お会いすると刺激され
友人なんて言ったら申し訳ないかもです。フランスやら東京やらこちらにも
いつどこにおられるかはわからないほどの多忙な方。そのなかを、こうして
手紙を下さる。その心の優しさが魅力的でね。この前、ちょっとした夏の終
わりに書いた手紙にお返事をくださいましたのですが、そういう心の温かさ
がいいもんで魅かれます。その手紙もなんていいの……。ちょっとここに。
 いい人っていいな。お顔が浮かぶんです。手紙の初めに、姓から名前……
かっこいいなぁ。

  
  グランマ・フェアリーさんへ
   いつも ビタミンCのようなすがすがしく
   内側のどす黒いコレステロールを一掃させ
   ていただけるようなラブレターをお届けく
   ださること、いつも救われたようなさわや
   かな気持で拝読しています。
    ありがとうございます。
    ~省略~~
     さわやか フェアリーさんへ


 とね。うっふふふ。ちよっと、なんだか、気持が元気になっています。
ラブレターね。なんていい響きなんでしょうね。嬉しくなります。忘れた心だわ?
 この返事とこの間、逢った友人に、まだ話し足りなくて手紙書こうかなぁ……。
 今日は、それが予定です。なんにもすることもない”暇人の私”だから。ふふふ。

   
   あなたのこころが
   きれいだから
   なんでもきれいに
   見えるんだ なあ
     相田みつを

  

   ☆☆幼稚な私☆☆

    なんていうか
    ひとことでいうと
    まったく幼稚なんです
    愚かとも言うけれど それがわたし

    だから おバカなんだな
    なんでもを信じる のせられてても
    これが う~ん わたしなんだ
    しかたない 自分のこと

    そうやって まぁ いいかぁ
    なさけなくても こうして
    老いていまったな
    それが わたし 自分 なんです
    
    幼稚でおろかもの 
    しっかりともっと読書し 学び
    しっかりしないとねぇ
    幼稚な私のまま逝くことになりそう

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 小さな人生論
              藤尾秀昭 著

 喜怒哀楽の人間学

 少年は両親の愛情をいっぱい受けて育てられた。殊に母親の溺愛は近所
の物笑いの種になるほどだった。
 その母親が姿を消した。庭に造られた粗末な離れ。そこに籠ったのであ
る。結核を病んだのだった。近寄るなと周りは注意したが、母恋しさに少
年は離れに近寄らずにはいられなかった。
 しかし、母親は一変していた。少年を見ると、ありったけの罵声を浴び
せた。コップ、お盆、手鏡と手当たり次第に投げつける。青ざめた顔。長
く乱れた髪。荒れ狂う姿は鬼だった。少年は次第に母を憎悪するようにな
った。悲しみに彩られた憎悪だった。
 少年の六歳の誕生日に母は逝った。「おかあさんにお花を」と勧める
家政婦のオバサンに、少年は全身で逆らい、決して棺を見ようとはしなか
った。
 父は再婚した。少年は新しい母に愛されようとした。だが、駄目だった。
父と義母の間に子どもが生まれ、少年はのけ者になる。
 少年が九歳になって程なく、父が亡くなった。やはり結核だった。
 その頃から少年の家出が始まる。公園やお寺が寝場所だった。公衆電話
のボックスで体を二つ折にして寝たこともある。そのたびに警察に保護さ
れた。何度目かの家出の時、義母は父が残したものを処分し、家をたたん
で蒸発した。

 それからの少年は施設を転々とするようになる。

 十三歳の時だった。少年は知多半島の少年院にいた。もういっぱしの
「札付き」 だった。
 ある日、少年に奇蹟の面会者が現われた。泣いて少年に棺の中の母を見
るようとしたあの家政婦のオバサンだった。オバサンはなぜ母が鬼になっ
たかを話した。死の床で母はオバサンに言ったのだ。
 「私は間もなく死にます。あの子は母親を失うのです。幼い子が母と別
れて悲しむのは、優しく愛された記憶があるからです。にくらしい母なら
死んでも悲しまないでしょう。あの子が新しいおかあさんに可愛がっても
らうためには、死んだ母親なんか憎ませておいたほうがいいのです。その
ほうがあの子は幸せになれるのです」

 少年は話を聞いて茫然とした。自分はこんなに愛されていたのか、涙が
とめどなくこぼれ落ちた。札付きが立ち直ったのはそれからである。
 作家・西村滋さんの少年期の話である。

 喜怒哀楽に満ちているのが人生である。喜怒哀楽の彩どられたことが次々
に起こるのが人生である。だが、その表面だけを掬い取り、手放しで受けと
めてはなるまい。喜怒哀楽の向こうにあるものに思いを馳せつつ、人生を歩
みたいものである。
 その時、人生は一層の深みを増すだろう。われわれが人間学を学ぶ所以も
そこにある。

 中江藤樹の言葉がある。
「順境に居ても安んじ、逆境に居ても安んじ、常に担蕩蕩(たんとうとう)と
して苦しめる処なし。これを真楽というなり。萬(よろず)の苦を離れてこの
真楽(しんらく)を得るを学問のめあてとす」

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 短歌

  困苦あればいちばん自分が不幸だとそうじゃぁないよ誰も同じある

 俳句

  秋の夜やむしむし虫よ鳴くがいい

 川柳

  なんてこった人生あるある誰もみな

 
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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