おばあちゃんのひとりごと

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忙しすぎてほほえむ暇も、愛を与えたり愛を受けとめたりする暇もない。

  われわれは、ことばではなしに、行為を見守らなければ
  ならない。そしてまた、われわれも、ことばではなくて
  行為で示さなければならない。
            j・ケネディ

 そうですよね。行為で示すね。ことばはなかなかうまくは伝えられない。
そうおもいます。今日は夏日とか予報が28度度とか、ビックリですね。
 NHKの、”街かど情報室” プラモデルがパーツのなくて、ゴミがでな
ないで仕上がる。不思議に見えるわぁ;
 ホワイトボードに、筆で水性の墨で字の練習。半紙をつかわない。など。
 千羽鶴の折り鶴をレーヨンをまぜて繊維にし、よだれかけやタオルケット
などの製品にして使う……ほんと工夫にいいなぁと、思っちゃいます。

 昨日はモ―ニングコーヒーに行きましたらとても混んでいて、みな揃い
ましたが、一緒には座れなくて、私は隅の方に座り、甥っこ夫婦にお礼状
を書くことができました。(家までも送ってお貰い嬉しくて感謝の気持ちを)
 仲良しさんは昨日は、ボーリングの日。私に、「行ってくるわね」と、
楽しそうに行かれた。みんなそれぞれ帰っていかれ、あとはご近所のおじ
さんだけ、いつも新聞の切り抜きをしたりしておられ,、真剣なんです。
 「もう帰るわね。バイバイ……」と、私は手を振り、さあ散歩しながら
帰っていく。

 だれかがむこうから手を振ってくるなぁ。
 分からないまま、私も、手を振りつつ女性が誰かわからないまま傍に来て、
あらら、さっきメールが来たばかりの若いママさんでした。しばらく立ち話、
お子様の話を聞きながら、元気そうでいいな。「またね」と別れた。

 家に帰ったら、友人がお嬢さんのことで、話があるらしく相談の電話が
あり、懸命に考えて助言しましたが、なかなか、難しい。こういうときは
…これが生きていることであり、いろいろと出来てくるもんだと、しみじ
みと考えさせられます。誰にもあるものですが、悩むものです。
 でも、真剣に悩み、真剣に考えるほど、いい道はできてくる、そう思う。
 ゆっくりと、よくなるように、落ち着いて話す。……きっといい道が開
かれていく……と、そう思い、そう信じて話す。
 そうして、大丈夫と安心するのです。すべて、ちゃんとよくなる。
 あとで、笑って話せるときはくるもんだ。必ずくるよ。と。ね。


       うばい合うと
      足らないけれど
      わけ合うと
      あまっちやうん
      だなあ
           相田みつを


   ☆☆道は開かれていくよね☆☆

     いろいろと
     あるんだな
   
     心に余裕を持ち ゆったり
     なんでもうけいれて咀嚼する

     そうして そうして ちょっと 間をおいて
     離れて 眺めて こころを落ち着けて
  
     ほほえんで ゆったりと 心をゆるりとし
     愛しく思う そうしてこころでうけとめる

     いいと思うこと いいこころで あたたかく
     こころで聞いて こころで考えて 心のもとで話す

     あとで 笑って話せる時はくるもんよ

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  マザーテレサ
    愛の花束    中井俊己 著

 *マザーテレサにあげるんだ

 大きな愛をもって愛するとは、どういうことでしょうか。
 いきなりこんなふうに書きだすと、むずかしすぎると思われるかたも
いるかもしれませんね。
 しかし、マザーテレサは、それをコルカタに住む四歳の子どもから教
えてもらったと言います。
 まだ、マザーテレサの活動が今ほど人々に知られていなかったころの
話ですが、一時期、マザーテレサのところに砂糖がまったく入らなくな
ったことがありました。
 そのため、毎日お世話をしている何千人もの孤児、病人、貧しい人た
ちにも砂糖を分け与えることができませんでした。
 その四歳の子どもは、学校で先生から話を聞くと両親に言いました。
 「ぼくは、今日から三日間砂糖を食べないよ。ぼくのぶんをマザーテ
レサにあげるんだ」
 両親はそれまでマザーのところへ行ったことはなかったのですが、子
どもにせがまれ、三日後に家族そろって訪ねていきます。
 その子は、マザーテレサの名前を正しく発音できないくらい幼く小さ
い子どもでした。
 しかし、手にはしっかりと砂糖のはいった小さなビンを握りしめてい
たのです。
 そして、おずおずとそのビンをマザーテレサに差し出しました。 
 男の子がマザーテレサや貧しい人たちを助けるために、三日間自分を
犠牲にしてためたものだったのです。
 マザーテレサは、この話を世界中いたるところでしました。
 もちろん、日本でもしました。
 彼女は次のように語ったものです。
 「その小さな子どもがくれたものは、それを私たちが貧しい人々に分
け与えるときに、計り知れないくらい大きなものとなって、彼らの手に
渡ることでしょう。
 私は、その子どもから本当に大切なことを学びました。
 この幼い子どもは大きな愛で愛したのです。
 なぜなら、自分が傷つくまで愛したからです。
 この子どもは私にどのように愛するかも教えてくれました。
 大切なことは、いくら与えたかではなく、与えることにどれだけの愛
を注いだかであること」
 さらに言いました。
 「あなたもそれを実行してください。
 年老いた両親のために一輪の花を持っていったり、ふとんを整えてあ
げたり、仕事から戻ってきた夫をほほえんで迎えてあげるだけでいいの
です。
 学校から帰ってきた子を迎えてやり、声をかけてあげてください。
 今、こういったふれあいが失われてきています。
 忙しすぎてほほえむ暇も、愛を与えたり、受けとめたりする暇もない。
そういう生活になっていませんか」

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 なんだか、できそうで、できてないことなんでしょうね。また、それが
それだけ大事なことに気ずけないのよね。
 知らないのでしょうね……ほほえんで、いきたいですね。

 短歌

 どんぞこもたのしきものよ去る人もさらに親しくなる人もいて

 俳句

 きれいどころタクシーで去りゆく秋の夕

 川柳

 枯れ葉散り銀杏落ちて無意識に


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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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