おばあちゃんのひとりごと

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人は ”阿留辺幾夜宇和” の七文字をたもつべきなり。明恵上人

 その気になってよろこぼうと身構えていますと、よろこびはおのず
 からやってくる感じがある。よろこびたい心の触手を大きくひろげ
 て待ちかまえていることが大事なんですね。
                   五木博之「生きるヒント」


 いつも、そう、よろこぼうと考えていると、案外、身に着くもので、
わたしも知らず知らずによろこぼう……なっていました。
 昨日、モーニングコーヒーにいきましたら、いつもの元気のいい明
るい奥さまと一緒になりましてね。その方、曰く、
「あなたは明るいから好きだわ……私も明るいからね……」
「まあ、ありがとう。そうよね。明るいが、わたしも、好きだわ……」
「あの人、いつも暗いからね……。あれは嫌だわ……暗いもん……」
 帰りがけにここでちょっとかけて話され、帰られた奥さまのこと……。
「そうねぇ……そうよねぇ……」
 そこへ、いつものご近所のおじさんが来られ、ニコニコ笑顔。
「いつも、明るくていいね。二人は明るいからいいねえ……」
 と、話しがはずみます。
「この、喪中の葉書きどれがいいかねェ……」
 パンフレットを見せて下さりながら相談(もういよいよ年賀状ねぇ……)
されたりで、そして、ひとり、また、一人と……来て……去りゆく。


   自分が自分
   にならないで
   だれが自分に
   なる
      相田みつを


   ☆☆らしく生きる☆☆

      なんにも
      ないけれど
      ただ明るいんです

      心だけは
      わたしらしく
      たのしんで
 
      よろこんでいる
      いつも わたしらしく
      生きている
    

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 幸せは急がないで
        尼僧が語る愛の法話45編

 第38話 「阿留辺幾夜宇和」(あるべきようわ)
 京都・栂尾の高山寺に登りますと欅づくりの1枚の掛け板がかかっており
ました。明恵上人がお弟子さんたちと高山寺に住んでいたころに皆が守らな
ければいけない規律を書いた。古い古い掛け板です。その一番最初に、

 「阿留辺幾夜宇和」(あるべきようわ)

 とあって、その後に、お寺で守るべき1日の次第や行儀作法がつづきます。
 机の下にお経を置くな、筆を口でなめるなとか、お掃除の仕方、ふきんの
始末まで、こと細かく教えているのですがそのなかに、明恵上人のとても大
切なお言葉が含まれています。

「人は ”阿留辺幾夜宇和” の七文字を持(たも)つべきなり。
 僧は僧のあるべきさま(よう)、俗(ぞく)は俗のあるべき様。
 乃至(ないし)、帝王は帝王のあるべき様、臣下は臣下のあるべき様なり。
 此、あるべき様を背く故に、一切悪しきなり」

 つまり親は親らしく、娘は娘らしく、学生は学生らしくありなさい。この
”あるべき様”に背くことが、緒悪の原因になるのですよ。と説いておられる
のです。
 たとえば奥さんには奥さんの、愛人には愛人のあるべき様というものがあ
るとします。もし愛人がそれに背いて奥さんのように振るまったり奥さんの
領域に踏みこんでいけば、当然醜いいさかいが起きて、不幸な結末につなが
るでしょう。
 ―――省略―――
 先日も、31歳とだというある女性から相談を受けました。19歳のときから
ずうっとお妾さんばかりしてきたと聞いておもわず怒鳴りつけてしまいました。
「……あなたは、いったい何をしているの!まず働きなさい!」って。
 働きもせずに、お金をもらって男が来るのをただじいっと待っている。そん
な生活が19や20でできるということ自体が、もうおかしいとしかいいようがな
いのですね。
 その女性は「今のパトロンがやきもち焼きで表へ出ても怒る」と言うのです。
 が、そんな男にただでさえ難しい形の愛を、まっとうできるはずがありませ
ん。その女性が私の庵に相談にみえたのも、2人の関係が男の妻に見つかって、
男から別れ話がでてきたからです。
「愛してるけど子供も妻も捨てられない。やっぱい別れよう」と言ったそうで
す。その程度の男なのです。
 
 少し明恵上人からそれてしまいましたね。
 上人のお言葉は、その伝記のなかにでてまいります。
 「我に一(ひとつ)の明言あり。
 我は後世を資(たすか)らんと申さず。只、現世にあるべき様にて有らんと
申也」
 とあって、明言とは、

 「阿留辺幾夜宇和」の七文字だと言いきっておられます。
 
 自分は来世へ行って、極楽へ行きたいとか、そういうことはのぞまない。た
だこの世でいかに精いっぱい、「あるべき様」に生きるかということが、自分
の望みだ……という意味ですね。
 
 明恵上人の生きた鎌倉時代は、庶民のあいだに ”現世は苦しいものだとあき
らめて、来世で極楽浄土に生まれましょう” という末法思想の流布した頃でし
た。
 そして法然上人や親鸞上人が、その庶民の願いに救いの手を差しのべたわけで
す。

 それに対して明恵上人は、

 「未来なんか、どうだっていいのだ。この世をないがしろにして、来世がある
ものか。そんなものはない。現世でこそ人はそれぞれの立場で、それぞれ最もそ
れらしく生きることが大切だ」
 と、説かれたのです。
 「あるべきようは」……。

 とても簡単な言葉でありながら、私たちがいまどう生きたらよいかを、明恵上
人は明確に教えてくださっているような気が、私にはいたします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 身にしみるお言葉です。明恵上人も、親鸞上人も、法然上人も。
 
 

 短歌

  らしく生きらしく逝きたし我思うさりとてそれが何より難(がた)し

 俳句

  秋の夜や身をつつしみてうつくしく

 川柳

  うつくしくいたいと思う心だけは
 

 
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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