おばあちゃんのひとりごと

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作法にかなうもてなしの心を、利休は「和敬静寂」と言った。

 人生は一冊の書物に似ている。馬鹿者たちはそれをペラペラと
 めくっていくが、賢い人間は念入りにそれを読む。なぜなら、
 彼はただ一度しかそれを読むことができないことを知っている
 から。
                  ジャン・パウル

  振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない。
                  寺山修二

 ホントよね。夢は未来よね。

 昨日も雪がちらちら降っていて寒い一日でした。結局は散歩も
せずに引きこもりでした。
 風邪でクラス会に来られなかった親友に、名簿やら次回の役員
やらを教えてあげたいと、手紙を書いて出しておきました。
  (その友は、いつもとても私に優しいから……ね。)
 静かな寒いこんな今朝は、亡き母を想いだすのです。
「おお、寒い。おお寒い」と、冬の朝、私がいうと母は笑顔で、
「そんなに寒いかねェ」わたしを撫でるのだった。
 小さい頃、学校から帰りますと、ご近所さんが遊びに来ておら
れ母がお抹茶やお煎茶をだして、優しい笑顔で話される世間話を
聞いていました。私に「まぁ一服どうぞ」とお抹茶をくれますの
で、いただき教えられたのが、ひと口飲んで、
「結構なご服(ふく)わいで……」と、頭を下げたんだと思う。
 そして、あとふたくちでいただき、
「お続きはいかがですか……」
「じゅうぶんでございます……」
 だったと思うけれども……忘れてしまったなぁ?もう大昔よ。

 母の顔が想いだされます。”なんて可愛いの……”という眼で、
嬉しそうに、見つめてくれてたんです。それを感じてたのです。
だから愛情をいっぱい、毎日、感じましたが、なんせ、老いてか
らの私と妹でしたので、なんでもが、眺めているだけでしたね。
 体も弱かったので、遠くから笑顔で見てる。そういう母でした。
 ご近所のおばさんたちが手作りの野菜を持ってきて下されて、
お茶を飲みにこられ、世間話をするのが楽しみのようでした。
 きっと、私がゆくモーニングコーヒーのようなことなのでしょ
うね。母もそのひとときが楽しかったことでしょう。
 亡母を思いだしつつ、そう思うのです。

   ただわたしは
         坂村真民

  神のうたをつくらず
  仏のうたをつくらず
  ただわたしは
  人間のうたをつくる
  人間のくるしむうたを
  くるしみから立ちあがるうたを



 ☆☆ 母の思い ☆☆

   母はいつも
   黙って笑顔で
   眺めていた わたしを妹を

   その優しい眼は
   ”こんなに可愛い子”という
   そういうまなざしであった

   我が子を見る
   優しい母の目に
   やすらいだもんだ

   なんだかそれだけで
   のびのび遊んでた
   そんな母が大好きだった

   愛されていることを
   いつも感じてたから
   きっと いまは お空から見てるなぁ

   いまもそのやさしいまなざしが
   こころにあるのです
   だからしあわせ なんだかうれしい

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 日本人の心に響く名言
                   川村真二 著

 夏はいかにも涼しきように、冬はいかにも暖かなるように、
 炭は湯のわくように、茶は服のよきやうに
                  (千利休「南方錄」)

 ある人が千利休に、
「炉と風炉と夏と冬との茶の湯の極意を承りたい」
 と尋ねた。炉とは、床の一部を切って灰、炭を入れ、煮炊きに用いる。
箱型のいろりをいう。主に春、秋、冬に用いられるものである。それに対
して、風炉は主に夏期に、床の上に置いて用いる炉のことである。
 利休は答えた。
「夏はいかにも涼しきように、冬はいかにも暖かなように、炭は湯のわく
ように、茶は服のよきようにつとめれば、これで秘事は尽きています」
 尋ねた人は、あまりに当たり前な考えにやや面白くない顔つきをして言
った。
「それは誰でもみな心得ていることです」
 利休は答えた
それならば、いま教えた心にかなうようにしてみなされ。この利休が、お
客に、参って、お弟子になってもよい」
 特別の創意工夫。所作についての具体的アドバイスでなく、ごく自然な
もてなしの心、姿を実現することが極意というのである。あとは自分の創
意工夫なのであろう。
 ここの辺りはかなり難しい。ごく自然なもてなしの心といっても、作法
にかなったという条件がある。作法の則らないもてなしは、いくら主人が
趣向を凝らそうとも、野卑となるのである。
 作法にかなうもてなしの心を、利休は「和敬静寂」と言った。なごやか
に敬い、清らかで寂しげな静かな心、趣向なのである。本来、露地の落ち
葉を掃くのが正解か、掃かないのが正解かなどは、枝葉のことなのである。
 「和敬静寂」に合致していると主人が思えば、それを信じて掃くもよし
掃かぬもよしなのである。いずれにしても客がその趣向を楽しめればよい
のである。
 今日では、作法にかなうもてなしの心とは、「お客さまに喜びと満足を
与える心」である。
 ―――省略―――

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短歌

 雪国のニュースを見ては大変と思いながらも美しきかな

俳句

 日影ある雪の残りを触ってみる

川柳

 最強という寒さきてまた雪降る



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