おばあちゃんのひとりごと

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相手にほんの少しだけいたわりの気持を持つことだ。・・・

 子どもが親を馬鹿にするのは間違いだが、親も子に馬鹿に
 されぬ要心が肝要だ。
               徳富蘆花
               

 人間はな、上を見てはいけない。下を見てもいけない。た
 だ己れの手先と足元を見ていれば何の事もない。至極平穏 
 無事だ。
               真船豊


 昨日も、寒い一日でした。こういう日は、むかしむかしを思うのです。
私が学校にあがる頃は、字をどれほど覚えていたかは覚えてないけれども、
なぜか、父が数字を教えてくれたなぁ~~
 我が子(兄や姉たちの)の、勉強をみたことがなかったそうなのに、私は
弱くて、ちいさかったのでかなぁ?ある日、一所懸命に教えてくれたなぁ。
 その日のこと、何回、教えても、8だけが、∞になってしまって、何回
も教えてくれるのですが。8が∞に寝ちゃうんですもの。8が書けず……。

 姉ちゃんや兄ちゃんやまあちゃんらに笑われてたかなぁ………。

 今、思い出すと私も笑えてしまうんだけれども……。父の困り果てた顔。
私なりに、どうしよう~と、思ったことが想いだされます。その時は……。
父をがっかりさせたことがなんだか、悲しかったことをふとね。
 愛情深い父でした。ひとりの冬の夜……笑えて、おかしくて、情けなく
てね。さぞ、困っただろうなぁ~お父ちゃん。ちいさい私が学校に行くの
が心配で仕方なかったんだと思うのです。だから、ときどき勉強も、父が
見てくれて、国語でも辞典を使ったことがないくらい「この字の意味は…」
と聞けば、父が全部、教えてくれたもんでした。甘えていました。

 一月生まれで、未熟児で生まれ、私のお祖父さんが、私を抱きながら、
「この子は、弱そうだで、育たないぞ……死んじゃうだろうなぁ……」
 と、言っていたと……母が大人になってから、教えてくれたのです。
「でも、私は、子どもを、ちゃんと、みんな、元気に育てただよ……」
 と、母は、自慢していました。(むかしは赤ちゃんの時に亡くなる子が、
多かったそうですので……私のような未熟児でも育てたのですものね。)
 5~6年生の頃になって、やっと、まわりの子らと同じくらいになれた
ことを、母が、喜びてご近所さんに話していたのを、何気なく聞いて、昔
の七つ上がりは、きっと、母にとって、ちいさくて、心配してくれてたん
だなぁと思ったんのです。今はみんな成長の差はないかもですが……。
 
 いい両親であったなぁと、昔を懐かしく思うのです。

       *


      ねがい
                坂村真民

     風の行方を
     問うなかれ

     散りゆく花を
     追うなかれ

     すべては
     さらさら
     流れゆく
     川のごとくに
     あらんかな

       *

   ☆☆  自分のことだから  ☆☆

     せいいっぱいに
     がんばってきたけれども
   
     なんだか
     なんだか 

     こういうじぶんに情けくて 
     もっとがんばらないとなぁ

     そらを見上げて
     まあ これでいい

     これがわたしのせいいっぱいの
     じぶんだから じぶんのことだから

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 がんばらない がんばらない
              ひろさちや 著

 阿修羅―ー正義にこだわると魔類になる。
      やさしいことばがたいせつ

 仏教では阿修羅(あるいは修羅)といった存在を考えている。この阿修
羅は、ほんらいは正義の神であった。だが、彼はみずからの正義にこだわ
ったがゆえに、ついに神々の世界から追放され、魔類とされてしまった。
正義の神を魔類にするところに、仏教のものの考え方の特色がある。つま
り仏教は、
「正義にこだわってはならない!」
 と、われわれに教えているのである。
 わたしたちは、ときに他人と対立し、争うことがある。どう考えても相
手に非があり、相手が悪い。そういうときがある。でも、だからといって、
独り寝床の中で相手をなじり、相手をあげつらってみても、自分のこころ
は落ち着かない。自分の正義を主張すればするほど、ますますイライラし、
眠れなくなる。
 じつは、それが「阿修羅の正義」である。
 アシュリーは
正義にこだわっての神であるから、その主張は絶対に正しい。けれども、
仏教においては、阿修羅は魔類である。したがって、あなたが「阿修羅の
正義」を主張し、怒りをもやしつづけるとき、あなたは魔類になっている
のだ。魔類にこころの平安がないのは当然である。
 あなたは一刻も早く阿修羅であることをやめ、人間に戻らねばならない。
 それにはどうすればよいか……。あなたは正義にこだわるのはやめて、
相手にほんの少しだけいたわりの気持ちを持つことだ。怒りをそのものは
そのままにしておいて(怒りを消し去ることは、所詮不可能である)、相
手をかわいそうに……と思って、なにか一言、相手にやさしいことばがあ
なたを阿修羅から人間にとって戻してくれるのだ。仏教はそのように教え
ている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 そうですよね。つい、自分は正しいと、思い……。
 阿修羅になっているのを、思います。いけない。いけない。

短歌

 友と会う「今日の予定は」尋ねられ「なんにもないよ明日もないわよ」

俳句

 「寒いね」とついひとりごとひとりごと

川柳

 横綱の誕生うれし期待する


 
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Comment

NoTitle

>いい両親であったなぁと、昔を懐かしく思うのです。

こういう記事は、見ていても嬉しいし、ホットします。
時に、そうじゃない親を新聞記事で見ると
本当に、腹が立ち、子供が可哀想に。

私の詩に、亡くなった幼児や、光事件の詩があるのですが・・・
いたたまれない思いになります。
だからこそ、本当に嬉しくなりました。
ポチ
  • posted by 雫
  • URL
  • 2017.01/26 21:49分
  • [Edit]

Re: おはようございます。

 雫さま。

 おはようございます。
 いつも ありがとうございます。

 そして、優しいコメントをくだされまして、嬉しいです。
 老いた私は、もう、きっといろんなことがいっぱいあったでしょうが、いいことは忘れない。もんです。
 みんな忘れてしまいましたが、ふと想いだすことは、いいことばかりですものね。
 楽しいもんです。

 コメントを、ありがとうございます。
 
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2017.01/27 09:12分
  • [Edit]

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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