おばあちゃんのひとりごと

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気品というものは、ある意味からは、人間の値打ちのすべてを言います。

 欠点を反省して、これを取り除くという努力が、実はそのまま、
 長所を伸ばすということになる。
                 森 信三

 理くつや打算や功利一点ばりになってくると、どうしても人間は
 コセコセして、ぎこちなくなる。味がない。人間も器量が大きく
 なればなるほど、そういうものが脱けて余裕が生まれてくる、そ
 の余裕を養うものが風流なのだ。いかなる「壺中の天」をもって
 いるか、それがこの人物の器量を決定する。
                 安岡正篤

 そうですよね。
 昨日のこと。モーニングコーヒーに行き、いつもの奥様と新聞を読みながら話していると、たまに立ち話する奥様が来られた。私はあまり親しいわけではないので、二人のお話を聞くともなしに聞こえるので~(すぐ隣におられるので~)いつもの奥様が声をかけて見える。
「娘さん夫婦との生活はどうですか?」
「嫌になっちゃうのよ。この間も、トイレの手を洗い水をとめるのを忘れて、娘に叱られて、水道料ぐらいたいしたことないのに……怒れてね。払えばいいでしょと言いたい~」
「ほお。そうかね。娘だとお互いに、言いたいことを言うからねぇ」
「そうだよ。嫌になっちゃう…怒れて……テレビでやってたけど、娘と暮らすのはいちばん難しい?ってやってたね。」
「そりゃあ、別がいいわ……よ。また、別に暮らしたらいいがね。」
「でも、あなたも、娘と一緒でしょ」
「うちは、まだ、独身だから~~」
「ほんと腹が立つわあ~」
 なんだか、おかしいような話題よね。そこで、わたしがひとこと。 
「だって、あなたが悪いじゃないの?そりゃいかんと思う?娘さんの言うのも……」
 心の中では、娘さんの言い方がきついのかもだけれども、でも”水を止めるのを忘れたら、これから気をつけるから、ごめんね” って言わないと、私も同じことをしてるかな?ああ。私もやってるかも。老いて、知らないうちに自分勝手になってるかも?原因は自分とね。
「おかあさんは、ちゃんと謝ればいいのに、謝らないから~」と娘さんがいわれたとか……。
 そのとおりよね。でも~~~。老いては子にしたがいだよな。
 自分が間違っているというのに、また、次に来られた人にも話しておられ、また、同じように「言いたいことを娘は言うからね。……」どの人も、その人の肩を持った言い方。
  でもきっと、自分が気がつかないだけで、私も、自分が正しいと主張し、間違っているのに、そう
やって応援してもらっちゃったりして、自分は正しいと思っていることが間違いであるかもなぁ……そうやってきたんだろうなぁ……と、ふと自分を思い……ひやりとしました。
 間違っちゃうよな……私もなぁ。心の中で思いつつ、もう帰ろう……と、帰る。
 みんな、いろいろある。気をつけないとね。しっかりと自分なりに考えないとね。と。思う。

      *

     秘訣
          坂村真民

    感謝の
    一呼吸
    一呼吸
    これが健康長寿
    幸福の秘訣
    みなさん
    これを身につけてください

      *

☆☆ ちょっとだけ ☆☆

   いろんなことはある
   だけどそこで
   ちっょつとだけ

   それでいいのだろうか
   という問いをもつのもいい
   まわりを見回して考える

   はんたいのことって
   あるんだよね
   慎重に自分を

   ふりかえりふりかえりいきたい

   失敗ばかりの我が道をいく

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森信三に学ぶ人間力
              北尾吉考 著

 気品を身につける
 道徳修養ということに関して、森先生はまたもや気品の問題を取り上げておられます。「気品というものは、ある意味からは、人間の値打ちのすべてを言います」「人間の人格的価値を言い表す上に
おいて、この気品という言葉ほど適当なものは、ちょつと外にはない」といわれるほど、森先生は気品にこだわっておられます。
 気品をこういうふうに表現した人は森先生しかいないのではないかと思います。これは安岡正篤先生のいわれる「風韻」と同じようなものと考えていいでしょう。
 そういう人間の値打ちのすべてを表するという意味から、気品とは「全人格の結晶」だと森先生はいわれます。そして。「気品というものは、その人から発する、いわば内面的な香りとでも言うべきもので、ここぞと、形の上にいって捉えることのできないもの」であると、ゆえに、知識を修得するようにして簡単に身につけられるものではない、というのです。
 それどころか、何度も繰り返すように、気品とは単に一代の修養だけでは十分には得られないものなのです。そこには遺伝とか生まれつきといった先天的なものが働いているから、後天的な人間一代
の努力や修養だけでは及びがたいというわけです。
 しかし、そのような根深い気品を身につけるにはどうすればいいかと考えれば、やはり、「修養によって心を清める以外に、その道がないことは明らかだというのです。難しいけれど、修養するしかないのだ、と。
 森先生は、この気品について「修身教授録」のなかで三度にわたってふれておられます。これは前にも述べたように、生家と養家の格の違いというものを十分に認識されておられたために、気品というものを人より強く感じるようになられたものと思われます。先生にとって、気品を高めることは内心の汚れを取り除くことと同義のものであるように思えるのです。
 そして、気品を高める一番の有効な手立てが、先に挙げた慎独だというのです。
 先生は「情念の形而上学」のなかでも慎独を大きく取り上げていますが、それは気品が「情念の浄化」によってもたらされるものだと考えられているためなのでしょう。—-省略ーー

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 そうですよね。気品ってだいじですものね。精神。かな。


 短歌

 いろいろと世間話も気をつけて楽しい話題をするがよきかな

俳句
 
 春陽ざしぼんやりしてて冬が去る

川柳

 ただ聞くも間違いなりと我は知り


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Comment

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モーニングコーヒーでのお話
私、娘の立場として身につまされます
どうして「気を付けるね」のひと言が出ないのか・・・。

でも、自分の生き方に気を付けねばと思う事で
きっと良い勉強をさせて頂いてるのですね。


  • posted by nohohon
  • URL
  • 2017.02/25 13:21分
  • [Edit]

そうよね。

nohohon さま。
 ありがとうね。
「水道料なんて安いもんだって~~」いっておられたけれども。老いると、笑えるよね。
 ついつい、自分勝手なりやすいというか、素直さが欠けるというかね。
 ”人のふり見て、我がふりなおす” わたしも、気をつけなくちゃぁ。
 わがままな私ですからね。気をつけないとね。
 でも、心配しないで、みんないろいろよ。ね。その家はそれでいいのでしょう。
 私なんて、自分がケチだから、「わぁしまった。出しぱなっしだった。しまった。ごめん」
 「わあもったいないことしちゃったわ~~」と、言ってるな。ふふふ。もったいないからね。
 私らしくて、笑えるでしょう。
 ありがとうね。またね。
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2017.02/25 15:49分
  • [Edit]

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