おばあちゃんのひとりごと

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一見虚飾に満ちたハリウッドの人間模様の陰にかくも真摯な愛情があった。

 わたしたちは大きなことはできません。ただ、大きな
 愛をもって小さなことをするだけです。
            マザー・テレサ


 いいですね。温かい言葉です。
 この間、退院なされたご主人さまの奥さんにお会いした。
「調子はどうですか。」
「あのね。いま食事がいろいろと制限があり、それが大変……」
「そうなの。家に退院されてありがたいから頑張ってね」
「知らないうちに、すぐ、つまんで食べちゃうからね……」
「そうかぁ大変だね。そういう気持ちもわかるしね……」
「そうそう。だからね~」
「うん。でも、大事なことよね。頑張ってね……」
「がんばるね。また、会えたら嬉しいね。また……」
 とても、笑顔が可愛いおばあちゃんでね。大好きな人なんです。
 あのね。誰もみんないろいろあるなぁ。それぞれね。あるある。そう思う。
 
 私も、若い頃から悩みや困苦がいっぱいだったけれども、有り難いことに、今はなんにもない。子ら夫婦や孫らが幸せに健康で暮らしていてくれることだけが願い。だから、神さまや仏様さま、ご先祖様、そして亡き夫に手を合わせ、毎日を感謝しています。
 生かさせていただけることに感謝し、せい一ぱい、毎日を喜び、楽しみ、こうして動けて、元気に過ごせて、何よりありがたい。幸せ。そう思うのです。さあ、今日も、頑張ろうかなぁ。
 今日、明日くらいから、花粉が増えてきて多いとか、今、4人に1人のかたが花粉症だとか?
 花粉症の方は、マスクやら今日はしたほうがいいようです。


       *

     せい一ぱい
            坂村真民

    どんな小さい花でも
    せい一ぱい
    咲いているのだ
    だから
    かすかな自分でも
    せい一ぱい
    生きてゆこう

       *

  ☆☆ 悲しいなあ ☆☆

    生きているんだもん
    心の底には
    いっぱいの悲しみ

    生きているんだもん
    心の奥には
    人には話せない苦しみが

    誰にもあるのです
    だけど微笑んでいたい
    長い長い道なんだもん

    まだまだ歩いているんだもん

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 人生に必要な知恵はすべて
 幼稚園の砂場で学んだ
              ロバート・フルガム
                池 央耿=訳
 シャルル・ボワイエ

 ちょっと個人的な話。途中、いささか甘ったるいところがあるかもしれないから、どうかそのおつもりで。この話は実は妻に読んでもらうつもりだったのだが、世の中には夫婦の間で、同じように感じておいでの方々も少なくあるまい、と考え直して、ここに載せることにした。それはともかく、話というのはわたしのことではない。シャルル・ボワイエのことである。
 シャルル・ボワイエをご存じだろうか。あの人当たりのいい、小粋で渋い往年の二枚目だ。名だたる銀幕の美女たちは例外なく、一度や二度は彼と深い関係になった。といっても、それはあくまで映画やファン雑誌のなかのことで、私生活においては浮いた話はかけらもない。

 シャルル・ボワイエは妻パトリシアと四十四年間添いとげた。周囲の親しい友人たちは二人の仲を生涯かけた大恋愛と評した。結婚後四十四年を経た後も、二人ははためにうらやましいほど親密な恋人であり、友達であり、互いのよき伴侶だった。
 ところが、パトリシアは肝臓癌に冒された。医師団はシャルル・ボワイエに病名を伝えたが、彼はとうてい妻に話す気にならなかった。それから半年、シャルル・ボワイエは片時もパトリシアのそばをはなれず、彼女を慰め、励まし、献身的な看病に努めた。しかし、彼の誠意をもってしても運命を変えることはできなかった。薬石効なく、パトリシアは、彼の腕のなかで息を引き取った。そして、2日後シャルル・ボワイエは妻のあとを追って自らの手で命を絶った。パトリシアなしに生きていたいとは思わない、パトリシアは「わたしの命だった」と話していたという。
 これは、映画のなかのことではない。シャルル・ボワイエの最期の実話である。

 わたしは悲しみのどん底でシャルル・ボワイエの取った行動をとやこう言う立場にはない。が、正直な話、その行動にわたしは強く胸を打たれ、また、不思議に心を洗われる気持ちを覚えた。一見虚飾に満ちたハリウッドの人間模様の陰にかくも真摯な愛情があったと知って感動し、息の長い二人の愛のかたちに感銘を受けたのだ。

 同じ立場に置かれたら、わたしはその悲しみにどう対処するだろうか。考えたところで自分の姿を想像することはむずかしく、わたしはただただ、そのようなことになりませんようにと祈るばかりである。(さてこれからがはじめにお断わりした個人的な話だ。どうぞ、悪しからず)そんなわたしでも、ごく平凡な日常生活の折りふし、ふと顔を上げて、そこにわたしが妻と呼んでいる、友だちであ
り人生の伴侶でもある一人の女性を見出すことがある。その姿を眺めていると、シャルル・ボワイエがあのような行動に出た気持ちがよくわかる。人間はそこまで深く愛し合えるのだ。これは本当だ。わたしはそう思っている。

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 いいですね。そういう愛がいいですな。
 ーーこれは本当だ--・・・わたしもそう思うな。そう思うのです。

短歌

 野良猫が逃げの姿勢で我をジロり公園のなか陽射しが温し

俳句

 ひいふうみい良寛浮かぶ寒き日よ

川柳

 春陽射し部屋に入る角度変わったな


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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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