おばあちゃんのひとりごと

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「自分より優れし者をじぶんのまわりに集める術を心得し者、ここに眠る」アンドル―・カーネギーの墓碑銘

 人に小言を言われた時に腹を立てるな。腹の立った時には小言を言うな。
                    新島襄

 人生は退屈すれば長く、充実すれば短い。
                    シラ―

 この世は、考える人たちにとっては喜劇であり、感じる人にとっては悲劇
 である。
                    ウォルポール

 
 ああ。そうですよね。分かったわ。と箴言を読み……。

 今日の”街かど情報室”楽しい。食べものにメッセージを書く。バナナに食用の酢(ペン)
でバナナにメッセージ。また、オムライスに、ペン型容器(マヨネーズをいれる)メッセ
ージを書くとか。お豆腐にメッセージとか。なんか、いまって、なんでもが、きめ細かく
てね。愛が感じられるわ。ご家庭で夫婦で親子で兄妹でそうやって、ひとことメッセージ
に励まされそう。いろいろ考えるもんで、感心してしまうな。面倒臭いなんて言っちゃあ
駄目ね。

 さあ、今日から、早や三月ですね。早いですこと。
 昨日は朝、整形外科の診察で、またも、先生はと楽しいわ。
「もう少しやせないと、今度は、膝が痛くなるよ……」
「あんまり、食べてないのに、なんで、やせないのかしら?おかしいわぁ?」
「そりゃ食べているということだよ。」
「そうかねぇ。そんなに、たくさん、食べてないよ。先生」
 私が、そういったからか、かわいそうに思ったのか?
「まあいいよ、好きに食べていいからね……ハッハハ」
 と、いわれるので、笑えてしまった。優しい先生だ。ふふふ。
「先生、こういうふうに爪がすぐ引っかかったりして、裂けちゃうんだけど……」
「水分が足りないだな。」
「エッ水分が?もっと飲まないといかんの。水分をとるということなの~~?」
 ああ、いま思うと笑えて、
「爪に塗るだがね?薬局にあるがね。」」
「へぇ~~薬局で聞いてみるのね。わかった?」
 という私~~夜、風呂の中で、考えたのだ?マニキュアかな?あはは。あはは。
そうなんだな。マニキュアなんてしたこともない人生だった(苦笑)浮かばないよ。
 そのあと、スーパーに行きましたらね。ご近所さんに会い、いつもは忙しそうで
あまり立ち話もしない方ですが、昨日はゆっくりされておられ……暫く立ち話した。
「今日は大根が安かったから買ったわ。ちょっとでも、安いと買えるわ。」
「私もよ。大根は一本買うと、いつまでも食べられるね。」
「そうだよね。しばらくあるわ……」
「いろいろと料理できるしね。私も大根を、今から、買うか」
「今夜、煮合えを作っておこうかなあ、酢でね……」
 つまらないような話も、いいもんです。その人もおひとりなので、話があいます。
お天気はいいし、世間話ができていい昨日のこと。


        *

            相田みつを

       かねかね
       かねと
       金追いかけて
       行きつく
       ところは
       一体どこ
       なの?


        *


   ☆☆ 太陽は ☆☆

    太陽はいいな
    あったかいな
    そのひかりは
    あらゆるものにふりそそぎ
    あらゆるものをそだてる

    太陽さん ありがとうって伝えたい

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 十八史略の人物学
            伊藤 肇 著

 35.野に遺賢なからしむること

ートップの優劣を決めるものー
 「自分より優れし者をじぶんのまわりに集める術を心得し者、ここに眠る」
 アメリカの鉄鋼王、アンドルー・カーネギーの墓碑銘である。
  社長たる政治家たるを問わず、優秀な人間をいかに組織化するか、ということが
トップの優劣を決める。
 アメリカの政治学者で思想家のジェイムス・パーナムも、その著「マキャべェリア
ンズ」の中でその点をはっきりと指摘している。「理由のいかんいを問わず、ある社
会の最も確実な相違は、その社会のエリートの相違である。その社会がいかなるエリ
ートをもっているか、そのエリートがどういう実質をもっているかによって決まる。
そして、政治学とは、このエリートをいかに組織するかの学問であり、革命とは、そ
のエリートの社会における急激な交替、変化をいう」

     *

ーだまされた孔子ー
 「論語」にも「君子ハ言ヲ以テ人ヲ挙ゲズ。人ヲ以テ言ヲ廃セズ」とある。

 <君子が人を挙げ用いる場合、「その人の言が立派だ」というだけでは不十分だ。
  必ず、その行いを見なければならない。そして、行も立派だったら、初めて登
  用する。つまり、行と一体となった「人」を見るのである。
  反対に、よい言葉を聞いた場合、それをしゃべった奴が、たとえ悪党であって
  も、そいつが悪党であることは抜きにして、よい言葉は誰が言おうと、よい言
  葉として取りあげる。つまり、人から分離した「言葉」だけをみるのである>

 平たく言えば、「口先だけで実行しない者は相手にしない。だが、誰が言おうと
よい言葉は良い言葉だ」という意味である。
 面白いのは、孔子自身が「言ヲ以テ人ヲ挙ゲ」て失敗したことがあったとみえ、
次のようなエピソードが残っている。
 孔子の弟子に宰予という口達者な男がいた。
 大変な努力家、勉強家と思っていたのが、昼間から、寝室でゴロゴロしていると
ころを孔子に見つかって大目玉を食ったが、そのあとで孔子が述懐している。
 「私は、いままで、人の言を聞いて、それがそのまま、その人の行だと信じてき
た。だがいまはその考えを改めた。その人の言をきいたら、その人の実際の行を見
てから判断することにした。こういうことに気がついたのは宰予のおかげだ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 自分のことを思うんです。人を見る目もないし、また、自分も”宰予”のよう。
 努力はしてても、的を得てないなぁ~。案外怠け者だし、反省し深く考えないとな。

 短歌

  大根を「今日は安い」と友は言う我もついつい買いて帰らむ

俳句

  春だとて寒くて冬のコート着て

川柳

  三月だあっという間に桜咲くな

 

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

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