おばあちゃんのひとりごと

Entries

父はいつも伯母から言われた「謙虚」を守ろうとしたが………

 すぐれたところがありながら疎んじられる人がおり、欠点
 だらけでも好かれる人がいる。
            ラ・ロシュフーコ―

 私も人間でありながら、その人間が、私を人間嫌いにさせ
 てしまう。
            ルナール

  っまた、北朝鮮が飛ぶしょう体を発射したとか?韓国の通信社が聯合ニュースが
なんらかを発射したとのこと。おそろしいね。
 
 昨日は、桜を見にゆこうと歩いて出かけたら、信号のところで、ときどき会う、
モーニングコーヒーのときの奥さんにお会いした。自転車でいつも走っておられる。
「今から、病院に行くの。明日、退院できるわ」
「あら、嬉しいわね。よかったですね」
「でも、食事療法が大変よ………」
「でも、元気になられ退院できるなんて嬉しいじゃァない……」
「そうだね。病院まで行かなくていいのは、有り難い……いってくるね」
 と、さわやかに、行かれた。救急車で入院された方ね。ホッとし、よかったなぁ。
 歩いて、いろんな桜を見たわ。しだれ桜が美しかった。
 帰りに近所の公園を通ったら、子どもらがいっぱい遊んでいた。桜は咲き、水仙、
クリスマスローズやら花壇が手入れされててうつくしい。春の陽ざしがありがたい。
 子供らが安心して、こうして、のびのびと遊べる国がいいな。

      * 

   道は一本
   単純で
   まっ直ぐがいい
   何かを欲しがると
   欲しがったところが
   曲がる
     道は一本
     まっすぐがいい
        相田みつを

      *

    ☆☆ 曲がってばっかり ☆☆

      いつも
      あっちをみたり
      こっちをみたり
      よそみをし曲がりもどり

      だから振り返ると
      まちがってたかなぁ
      もうすぎてしまったから
      しかたない

      これしかできなかったから
      これでいいのだ迷い道
      いまを いまなりに
      がんばろうかなぁ

      今からどれほどあるかな
      今からの人生を大事にし
      考えてまっすぐにいこうかなぁ
      ちゃんとできたらいいな

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
父 小泉信三
                秋山加代
                小泉タエ

 ―――省略―――

 父は、伯母が不治の病を得たと知ってから、伯母の言うことを、なんでも聞く、と
決心した。伯母のしていた婦人驕風会の仕事もひきうけたし、伯母の望んでいた洗礼
も、私の娘の死に際して、受けた。
 叔母は臨終に際して、父には、
 「謙虚にね」と言い、子や孫のことを頼み、母には、
 「よい義妹だった」と言って礼を述べた。
 父はいつも伯母から言われた「謙虚」を守ろうとしたが、ときどき、何かの拍子で
威張りだすと、私と妹が、
 「ナタナエル信三(父の霊名)謙虚、謙虚」
 と言い、父は
 「そうでした」
 などと言った。
 もう一つ、病床の伯母に、
 「福沢(諭吉)先生の偉かったところはどこだろう」
 と父が聞いて、
 「それは愛よ」
 と言われたことを、晩年の父は非常に深く感じて、たびたび文章の中に書いている。
―――省略―――
 ことに私が夫に対して、さしでたり、わがままをしたり、支配的なことがないよう
に、というのは父の、絶えず心にかけていたことで、そのための教訓は、何度受けた
かわからない。
 結婚の前にも、何かで、注意を受けたとみえて、鉛筆で書いた父の手紙が残ってい
る。

 カヨ様
 僕のいった事をよく分かってくれて嬉しく思います。
 秋山家の人となったら、心と身体を常に健やかにして正さんを助け、家の柱になっ
てください。また必ずなる事と信じます。
 今から残る丗日ばかりの日一日一日を大切にして永く記憶にのこるやう楽しく暮ら
しませう。

 この手紙を貰った頃は、父の負傷のあとであつたし、私も、若い頃の、ことごとに
父に反撥する心はとうに卒業していたと思うが、この頃から、父の愛情は、きびしい
面より、慈味をたたえてきたように思われる。
 その昔、私は、尊敬する先生から、
 「信念の人より、信仰の人の方が強い」
 ということをうかがって、強い感銘を受けた。その時、真っ先に感じたのは父のこ
とだった。父はいつも自分の信念をいつも貫いている、貫こうとしていると私は眺め
ていた。父がそのままつき進んでゆくことに、その言葉をきいた後、私はひどく危惧
を感じた。
 それは、戦争末期のことであった。私は父にその、言葉を教えた。父は、
 「そうか」と言った。 
 戦中から戦後に、父は数々の目に遭った。
 「主与え、主取り給う」という感じ、松本の伯母の福沢先生の「愛」という言葉感
じ、「謙虚」ということを一心に守ろうとした。
 
 父の一生を考えると、烈しい力で、ほとばしるものを、一生懸命、押さえたり、押
さえきれずに出してしまったり、しかし、何事にも感動し、前進して行った勇ましい
姿と、烈しいがために人一倍痛み、傷つき、それによって一層人の上を思いやるよう
になったやさしい愛の心を感じる。
 信仰の人になって、安らかに逝った父を思うと、娘の私には、父があの烈しさに、ど
ういう結末をつけるのかと、始終心がかりであっただけに、これ以上、ありがたいこと
はなかったと言いたくなるのである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 小泉信三氏はご長男を戦争で亡くされ、海軍主計大尉小泉信吉氏が、出征されたとき
の手紙をわたされました。その手紙の一部ですが~~。

 ――-吾々両親は、完全に気味に満足し、君をわが子とすること何よりの誇りとしてい 
る。僕は若しうまれかわって妻を択べといわれたら、幾度でも気味のお母様を択ぶ。同
様に、若しもわが子を択ぶということができるなら、吾々二人は必ず君を択ぶ……
 ………とありました。

 短歌

 菩提寺の彼岸まいりに境内をゆけば法要の清しき鐘の音

俳句

 はかま姿や街に卒業の風が吹く

川柳

 あちこちのテロなくなって平和願う
 
 

スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽