おばあちゃんのひとりごと

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私たちの行き先を思って見ますと、とても極楽に行けそうになく、地獄に落ちるのが必定かと思います。

 短い人生の中で、最も楽しいことは、自分の心の波長と 
 合う人との出会いです。
             稲盛和夫


 私の経験によれば、欠点のない者は取柄もほとんどない。
             リンカーン

 欠点ばかりの私だなぁと思うのです。昨日は、ご近所の90歳以上の方ですが?
おじいちゃんに偶然お会いして話したら「寒いからあんまり調子がよくない……」
と、元気のない声でした。この方も、お会いすると笑顔が素敵です。だから、嬉
くなり私が元気を戴けます。そして、姉からの、手紙がつきました。
 姉からの手紙には昔の、思い出が書かれてて、私は覚えてないこと。面白いの
は、思い出とはそれぞれが違うこと……ですね。そんなことがあったんだ。

 ――-こうして、さくらが綺麗に咲くとちいさい頃を思い出すのです。
   なぜか、○○の桜をね。とうちゃんとかあちゃんと私と妹二人の
   5人で行ったようだ。とうちゃんとゆうちゃんが○○駅で、電車
   を降りてしまい、私たち3人は、○○公園まで行き下りた。
   携帯のない時代に、人出も多かったのに、よく、一緒になれたと
   今も不思議でしょうがないわ。――

 出かけるのが、おっくうになり、手紙を書くもなかなか 思うように書けず、
ダメだわ。からだに気をつけていてね。又行くでね。

 と、書かれていた。私はなんにも、覚えていない。そのお花見のことも。わが姉
は5歳も上なんですが、字も丁寧で、きちんと書かれていて、私などはもう、手紙
が書けなくなってきて、字は踊っているし、むちゃくちゃで、自分ながらあきれる。
 姉の手紙をみると、恥ずかしくなっちゃうわ。下手すぎで、そして、文もなんだ
か浮かばなくなってきて、自分ながら、ガックリします。
 姉と思うと、まだ5年は書けて当然だな。もっとシャンとしないとね。反省。

  ☆手紙つく姉の性格そのままに字も文も綺麗あたたかきなり☆

       *

    いいですか
   どんな大事な
    ものでもね
   荷物はみんな捨て
    て下さいよ
   自分のからだも
    捨てるんです
     からね

        三途の川の番人の
        ことばをかく
           相田みつを

       *

   ☆☆ とうちゃんかあちゃん ☆☆
     (むかし。むかし。のこと)

    わが父がたおれなくなった 
       そのとき
   姉も兄も姉も私も妹もうろたえた
     わが母はしずかだった
      ただしずかであった
        そして
    半年後におうように母はいった
      うろたえたまたうろたえた
       心が未熟だったなあ
        まったく
       
     きっと逝くのも心配であったろう
     
      もっと 落ち着いて
      安心させてあげたかったな
    そのときのことをふと想いだすのです
      でも大丈夫と思ってたかもね
         ありがとう
         すみません
         ごめんね
       
         ふと昔を思い
       老いのひとりごとなんです
    
        いまでは笑える思い出なんです

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 さわやかに死をみつめる80の話
                  公方俊良 著

 死そして旅立ち、あなたは

 死んでどこへ行くのか。誰にも関心のあるところです。一般的な仏教徒である
家庭では、伝統的慣習にもとずいて、次のような行程で旅立って行きます。
 死がせまり、息を引き取ろうとする永遠の訣別のとき、奇跡を願い、また残さ
れた者のけじめとして、末期の水で唇を濡らします。そして、身体を清める湯灌
をし、死化粧を施して、死装束を着けます。
 死装束は、経帷子、頭巾(三角巾)、六文銭の入った頭陀袋、手甲、脚絆、足袋、
草履、杖などで、旅装束にします。まさに旅立ちです。
 此岸(この世)から、彼岸(あの世)に旅立つのですが、途中に三途の川があり
ます。この川を渡るには、渡し船に乗るのですが、船賃が要ります。料金は六文で
すから、頭陀袋のなかに六文銭を入れ、備えておくのです。
 六文は僅かな金額です。たとえ貧しくて一文の金がなくても、名残を惜しんで弔
いに来てくれた誰かが施して下さる額ですから、あの世に旅立てるのです。
 もし、六文がなければ、船は乗ることができず、この世を彷徨うことになります。
それが幽霊です。
 三途の川の手前に、賽の河原があります。そこは死児の赴く所で、小石を積んで
地蔵菩薩に供えると、罪障を去り、渡河できるとされています。 
 渡河した先の冥途では、初七日に秦広王(しんこうおう)の庁に到り、さらに、
二七、三七、四七、五七、六七、七七、百か日、一周忌、三回忌と、閻魔大王に代
表される十王の各庁に至って裁かれるのです。
 裁かれる内容は、生前の業(行い)です。善いことをした人は、極楽へ、悪いこ
とをした人は、地獄へと振り分けられ、送られるのです。これを因果応報といいま
す。
 因とは、原因のことで、われわれの過去の行いを指します。果とは、結果のこと
で、過去の行いによりもたらされた結果を指します。応報とは、善因は必ず善果を
もたらし、悪因は必ず悪果をもたらすというように、因に応じた報いがあるという
ことです。
 こうして、私たちの行き先を思ってみますと、とても極楽に行けそうになく、地
獄に落ちるのが必定かと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 なんか、読みながら……………あんまり行い良くないから………。
 ああ、わたしは地獄ゆきだな。極楽には行けそうにないな。しかし、
 最後の2行に、ハッとします。「とても、極楽に行けそうになく……」ふふふ。
 この著者もそう言っておられる。「エッ」……いいですね。

 あのね、小さい頃のことなんですが……。
 河原でちいさい頃に石を積んで遊ぶと母が「そんなことしてはダメ」と、怒ったよ
うに嫌がった。誰もがみんなやっているのになぁ……思ったもんで、これなんですよ。
母には、気味が悪かったんでしょうね。賽の河原のこの話を知ってから、わかったわ。

短歌

  死んだなら地獄・極楽どっちいける我思うなり地獄だろうな

俳句

  春なのに「寒いね」とついご挨拶

川柳

  その笑顔そこから勇気あふれくる
           (素晴らしい真央ちゃん)

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Comment

はあーい。ありがとうございます

 雫さま

 いつもありがとうございます。
 こちらこそ ありがとうございます。
 
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2017.04/13 19:13分
  • [Edit]

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

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