おばあちゃんのひとりごと

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陛下のお辞儀姿が美しいのは、やはり学問をされた”おひとがら”だからである。

 死中・活有り。
 苦中・楽有り。 
 忙中・閑有り。
 壺中・天有り。
 意中・人有り。
 腹中・書有り。
         安岡正篤

 この言葉が、若いころの困苦の日々を生きる中、とても助けになったなぁと今さら
ながらに思うのです。難しいことはわからないので、自分勝手に理解しているんです。
(自分が勝手に理解してて……なんだか、偉そうにすみません。お恥ずかしいですが)

 今、ひとりという生活の中、小さい世界と思われるかもですが、それが大きな世界
なんです。その中に生きて、若き日のがむしゃらに忙しかった日々は、小さな世界で
働き苦しみ悩みまた楽しみ生きてたなぁと、「壺中・天有り。」と、思いました。
「忙中・閑あり」もですが、今、毎日のすべて自分の時間となり、意(心の中)には、
尊敬できる人を持ち、好きな本 ”座右の書”をもち、苦だとて、それを、楽にする術
を身につけた老いとなりました。だから、どんな時も、生き生きと楽しみ、溌剌と颯
爽と堂々とすごしています。勿論、老いて動けはしません。でもいろいろのなか読書
から多くを学び(まだまだ不十分ではありますが)大丈夫。老いていく日々を、大切
にいきていきたいと心掛けています。
 しかし、困苦もあリ、その経験はしあわせの ”基” と、そう思えることも倖。

 さあ、いよいよ、もう、今日でゴールデンウィークも終わりますね。待っていた
日も楽しみで、いいものでしょうが、すんでいくこの日々もいいことです。
 私は毎日が、ゴールデンウィーク。ふふふ。これでお金があり、若ければねぇ。
 欲張りになってはいけません。いまはすべてに満足で満足。ありがたい。

        *

       道
     道はじぶんで
    つくる
     道は自分で
    ひらく

   人のつくったものは
   じぶんの道には
   ならない
        相田みつを

       *

 ☆☆ ありがたいなあ ☆☆

    朝起きて
    いいきもち
    なんとなく
    嬉しい

    身体のあちことが
    つかれてるな
    でも起きれて歩ける
    うれしいふふふ

    またひとつ老いたなぁ

------------------------------------------------------------------------
 花のある人花になる人
            草柳大蔵 著

 きれいなお辞儀

 京都の清水寺の前の坂道にある旅館の女将がとても身体の小さいひとで、山本
周五郎さんが描くように「素足の裏が桜色をしている」ような可憐な感じをうけ
たのに、連𧄍の花のこぼれる天竜寺界隈でめぐりあったときは。むしろすらりと
高い姿であったことを不思議に思い続けてきた。
 それが解けたのは「女のお辞儀は身体を小さく見せるものです」と、関西の名
家で高雅に育った女性に教わったからである。
 女のお辞義に作法に三つある。
 第一。肩肘をはらない。畳についた両手で小さな三角形をつくり、肘からぴた
りと畳につけて、頭を下げる。どうしても身体が小さくなる。
 第二。頭だけ、がっくりと下げない。背中と背筋が一直線になっていること。
これが上品と下品の分かれ目です。
 第三。絶対に頭を下げながらモノをいわない。「きょうはお招きいただきまし
てありがとうございます」とか「お忙しい折りを失礼いたします」とか、挨拶は、
ちゃんと頭をあげ、相手の眼を見ながらいう。いうときは、両手を膝にやや後方
に畳にぴたりとつけておく。必要な言葉をいいおわってから、お辞儀をする。も
う一度、申し上げます。お辞儀をしながらモゴモゴと口ごもるようにモノをいっ
てはなりません。
 立ったままお辞儀をするときは、身体をすっとのばし、両脚をそろえ、やはり
相手の眼を見て「どうぞよろしくおねがいします」とかなんとかいって、それか
ら頭を下げるのです。
 そう、簡単なことです。美しいもの、清潔なものは、けっして複雑な手続きや
過程を必要としないんです。それがなかなかできないのは、美しくあろうとする
心が安易にパッパーとやってしまおうとする心に隠されてしまうからです。
 陛下のお辞儀の姿が美しいのは、やはり学問をされた”おひとがら” だからで
ある。人知を超えるもの、人間の貴さをご存じだからである。それが、どんな場
合のどんなひとにあっても、お辞儀の姿を美しくしている。なごやかなシルエッ
トになっている。
 そうなんです。
 自分を深く耕したひとほど、お辞儀が見事なんです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 今の世の中。あまり、こういうことはこだわらないかしらん。ね。
 ………私の亡父は、行儀には厳しかったんです。甘く優しい父も、小さい頃は躾には
厳しく注意されてばかり、だからなんとなく自然にいろんなことを、知らぬ間に、見た
り聞いたりで教えられ厳しく教えられたのも、来客の多い家だった環境であったことも
あり挨拶はとくに必要でしたし、田舎の木造の大きな家は八畳間ばかり多い部屋……。
おかげでどこにいっても堂々とそういう面ではすごせたなぁ、亡父母のおかげでしょう。
出来ていたつもりだけ……全然出来てないかったとは思うけれど?
 でもやはり、大切なことは、”心” なんでしょうね。 ”おひとがら” ね。
 これを読みながら、しみじみとそうなんだな大事にしたい。わかっていないな私。
 いまは、まったくお辞儀さえも必要のない毎日。ひとりごとです。

 短歌

  初夏来る老いゆく身には気温差は疲れるものでふうふういうわれ

 俳句

  アジサイはわれより元気生き生きし

 川柳

  周辺の他国を思う平和願う

 
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Comment

優しい文章ですねぇ

ふつうのオバちゃんこと風子、初コメントです。
来ていただいて、ありがとうございます。(*^▽^*)

フェアリーグランマさんのページ…。
♪美しい調べとともに♪……優しく控え目な、ステキな記事ですねぇ。
ご両親に愛され、大切に育てられた方でしょうね。
育ちの良さが、そこここに滲み出てますもの。
お友達との関係もほのぼの……いいですねぇ。

相田みつおさん、私も大好きです。

ほめてくださって、まあ、嬉しいわぁ。ありがとう。

 風子さま

 ありがとうございます。
 
 ありがたいことを、ありがと。あのね。
 亡き両親は、明治の生まれなんですよ。
 きっと、兄や姉を育てる時は、両親も一生懸命で、相当に厳しかったようです。
 私が生まれて頃には、両親も歳を重ねていて、もう、子育てよりも、自分が疲れてしまっていたんでしょうね。
 
 のびのびと元気いっぱいに放任されて、甘やかされ、わがままさんに育っていました。
 だから、結構、嫁いでから苦労し、涙しました。ふふふ。
 当たり前ですよね。
 
 苦労しましたが、へこたれずに、我慢と忍耐。できました。

 小泉信三氏は「男には質素を教え、女には豊かさを教える」という教育だったとか。
 秋山加代・小泉タエさんの二人の娘さんが……お父さまのことを………。

 両親の愛情から、私も、きっと、豊かさを教えてもらったんだろうなぁって。
 困苦があっても、なんでもをがんばれたからね。
 そして、それが、必要であることを知りましたもの。
 老いて今、思うのです。
 ある部分、ほんの少し、成長出来たかも……してないかもですが……。

 あたたかい言葉を……有難うございます。
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2017.05/07 16:36分
  • [Edit]

フェアリーさん、今日もまた心勇気づけられる&ためになるお話をありがとうございます。
私はちょっと心がザワザワするなぁと思うと、ふとフェアリーさんのブログを見たくなるのです(^ ^)
  • posted by さくら
  • URL
  • 2017.05/07 22:56分
  • [Edit]

ありがとうね。うれしいわ。

 さくらさま
 ありがとうございます。
 なんだか、”勇気ずけられた!”なんて。とっても、とっても、嬉しいわ。
 ありがとうね。
 いつも、わたしなにしているのかしらん?……と、時々思うのです。
 でも、あなたみたいに、そう思ってくださる方がおられますと、嬉しくなるのです。

 だまた、よろしくおねがいしますね。ありがとうね。から、ありがとうね。嬉しくなります。
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2017.05/08 08:11分
  • [Edit]

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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