おばあちゃんのひとりごと

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愛は簡単に憎しみに転じます。深く愛した時は、いったんそれが都合が悪くなれば憎しみが強くなる。

 もし本当に愛したいと願うなら、
 ゆるすことを知らなければなりません。
          マザ―・テレサ

 恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる。
          リヒテンベルク

 今朝も空は晴れています。
 昨日の朝のこと。90歳以上のご近所さんのおじいさんお会いしまして、嬉しくなり、
ときどきお会いするこの方、出逢うと優しい笑顔になられ、暫く立ち話します………。
「おはようございます。お元気でいいですね………今から、喫茶店ですか」
「朝は喫茶店に行くと、いろんな人に会えて話が出来るからね。行くといいけど……」
「そうですよ。お友達が見えるでしょう、お話できますよね」
「もう同じくらいの年の人は、前のあの店のお饅頭屋さんの人、一人しかいないでね」
「そうですか。でもいろんな人がお見なるから……話せていいでしょう」
「気にいらない人とは、あんまり喋りたくないからね。それが嫌でね。いかない」
「そうですか……気にいらない人もあるからね。そりゃぁ話すのもね。大変かも……」
「まだあんたは若いからいいわ……いい」ふふふ、朝から ”若い?” いい気持ち。
 このおじいちゃんから、見たらこの私(お婆ちゃん)も、若いのよ~~~ね。ふふふ
 優しそうな方が、いやな人とは話したくないと言われるのを、お聞きしながらね。 
 そうよね。もう、面倒臭いでしょうね。………なるほど……………そうでしょうね。
 でも、私にはこうして、笑顔で話してくだされ、立ち話で、にこにこと話される。
 さあ、ありがたい。「またね」と~~いつものモーニングコーヒーへ行く。そうして、
いつもの元気のいい奥さまと会い、その明るさが好きで気持ちよく話し、そこで、元気を
貰いました。さあ今日は、何を致しましょう。楽しみに考えようかな。

        *
           A・S。二―ル

     もっとも
     よい教師とは
     子どもとともに笑う
     教師である
    
     もっともよくない
     教師とは
     子どもを笑う
     教師である


         *

  ☆☆ 好きになること ☆☆

     いやなことも
     こころをちょっと
     かえる努力をして

     好きになる
     好きになることで
   
     なんでもに
     気持ちよくなり
             
     なんでもを
     喜んでやりたいな
     
-------------------------------------------------------------------------------
 生き甲斐なんて
   必要ない       ひろさちや 著

 愛は自己中心的で打算的なもの
 ―――省略―――

 ――痘痕(あばた)も靨)えくぼ)――
 といったことわざがあります。好きになると、相手の痘痕が靨に見えるのです。
もっとも、これは反対も言えます。嫌いになれば、靨が痘痕に見えるでしょう。
 まあ、それはともかく、われわれは恋をすれば、恋人の痘痕が靨に見えるわけで
す。つまり、欠点が長所に見えるのです。
 ところが、その恋人同士が結婚をして夫婦になると、痘痕を痘痕、靨を靨と見る
ようになります。
 わたしは、それは、
 ――恋と愛――
 の差だと思います。恋をしているときはある意味では相手を見ていないのです。
 恋が冷めると、相手を見るようになる。相手が見えてきます。それが愛なんで
す。 
 つまり、愛は、相手を冷静に見ている。見ているというのは、世間の物差しでも
って測っているのです。 
 親は子どもを愛していますが、それは世間の物差しで子どもを評価しているので
す。そして、その物差しで高い評価が得られた子はより多く愛しますが、評価の低
い子に対して、はそれほど愛は持ちません。
 夫婦になれば、夫や妻の欠点が目につきます。それまでは世間の物差しで見るこ
とがなかったのに、結婚すれば、やはり世間の物差しが気になるのです。
 愛というものは、そういうものです。私たちは、愛をすばらしいものと思って、
いますが、よくよく考えてみれば、愛は、自己中心的であり、打算的です。自分に
とって都合のいいものは愛せますが、都合の悪いものは愛せません。
 そして、それが故に、愛は簡単に憎しみに転じます。深く愛したときは、いった
んそれが都合が悪くなれば、憎しみが強くなります。
 そこで、仏教では、
――愛するな――
 と教えます。ちょつと、奇異に思われるかもしれませんが、それが仏教の教えで
す。
 では、愛することをやめて、どうするのですか………? 仏教は、愛ではなしに、
――慈悲――
 を説きます。この慈悲というものは、世間の物差しによらない愛情です。つまり、
その人のあるがままを肯定できるのが慈悲です。のろまの人をのろまのまま、怠け
者を怠け者のまま、みんなそのままを愛することができるのが慈悲です。 
 その意味では、慈悲はむしろ恋に似ていますね。そのような慈悲を持てば、わた
したちは欠点を気にしないでいられるようになるでしょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 なんだか、アッ、そうかぁ……? そうか?なんて、思うグランマ。慈悲ねぇ……。

短歌

 吹く風や早や六月よそろそろにアジサイも咲き梅雨に入るか

俳句

 パラソルをクルリまわして老いもよい

川柳

 不都合な真実はいま現実味



  
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Comment

こんにちは。

幾つになっても好き嫌いはあるようですjね。
痘痕は痘痕、靨は靨ですね。
仏教の教えは最近耳に入ってきまています。
これまで無知だったな~と今更に感ずるこの頃です。
  • posted by S-masa
  • URL
  • 2017.06/06 12:45分
  • [Edit]

仏教の教え…ね。

 s-masa さま


 こんばんは、おひさしぶりです。
 ありがとうございます。
  ――うれしいわぁ――
 このひとことだけ…すみません。

   ・・・  ・・・

 そうですね。95歳位のかたでね。

 <幾つになっても、好き嫌いはあるようです>

 穏やかな優しい方なんです……だから、思いもかけなくて…ね。


 仏教の教えね。大事というに、情けない私。
 その場は、聞いて、しっかりと教えが身にひびくというに……すぐね。
 その場を離れると、忘れちゃうというか……


 教えていただけ、ありがたいことです。

 あなたさまは、あらゆることでお疲れのことと思います
 お体を大事になさってくださいませ。

 心から、有難うございました。
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2017.06/06 20:16分
  • [Edit]

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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