おばあちゃんのひとりごと

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教えることは尊し。教えるとも知らで身体で教える人さらに尊し。導く人尊し。………

  生きては認められ、死しては人に語り継がれるような

  人生ほど幸せなものはない。まわりから無視される

  ことは、人間にとって最大の悲劇。一所懸命働いて

  いれば、必ず誰かに認めてもらえる。

                   岡本彰夫


 

 そうですよね。無視ってね。嫌なものよ。でも、老いた今は、なんでもが

平気になっちゃったわ。鈍感になるというかあきらめ上手というか。ふふふ。

老いることはいいものかもね。なんでもが ”まあいいか? まあ仕方ない”

になってるんだもん。ありがたいことよね。

 若い若い日は、認められたくて、一所懸命に努力・努力の日々だった。

 やはり、若いときは、夢中で努力することが大事ですもの、そう思うので、

努力してよかったわ。と今は思うのです。だから、努力する人でありたい。

 どんなときも、どんなことにもハッと気づく人になりたいのです。

 

 さあ、今日は、この間出した手紙の返事がみな集まったので、ね。あちこ

ちに、「ありがとう」と返事をし、みんなで集まることは決まった。もう少

し、がんばらナイトね。7月20日のことですので、その日は、すぐ来ますね。

楽しい会になるように、なにか? いいことを考えたいわ。


 雨の災害に驚きます。すごい雨量ですね。被害があちこちであるようで、

どうぞ、被害がありませんように~~お気をつけてくださいね。



       *



 ★ そんなつもりじゃあ~~ ★

          フェアリーグランマ


   なんでもが

   深く考えずに何気ないこと

   そんなつもりじゃぁ

   ないんだけれども


   なんかでおかしくなることがある

   なんでもがそのひとことそのちよっとしたこと

   そんなつもりじぁやなかったのに

   つい誤解されたりね 


   いいわけはしない

   いつかわかるだろう

   もうあきらめるんです

   いつもみからでたさびなんです


   いつかいつかはわかる……そう思うから

  


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 心に残るとっておきの話

             潮文社編集部編


 子どもを見る目

             橋本一雄 

              昭和3年生(熊本県)

              元中学校校長


 教育実践の場において「一人ひとりを生かす」とか、「一人ひとりを

伸ばす」ということが流行語のように語られるが、このことについて、

私には忘れ難い思い出がある。それは今から45年前の昭和23年6月のこ

とであった。

 その年3月に熊本師範を卒業した私は、新設間もない当時の男子部付属

中学校に新任として勤務し、あと数日で迎えるはじめての研究発表会を前

に、学習指導案や研究発表要項の作成に苦心していた。

 ある日の放課後、主事(今の校長)の森清先生に呼ばれた。主事室に入

り、何事かと直立している私に、主事は「まあかけたまえ」と椅子をすす

め、微笑をたたえたおだやかな声で話しかけ

「君の学級の生徒の一人ひとりの長所について話してくれないか」

 生徒の氏名は完全に覚えていたものの、長所となると、とぎれがちであ

った。

「では、短所を話してくれ給え」

 今度はよどみなく話すことができた。

「君、鈍重な者は裏返してみれば、落ち着いていないかね。あわて者は機

敏なところがあるかも知れないね。我々はともすれば、生徒の欠点や短所

だけに目をつけたがるものだから、おたがいにもっと長所や美点を見てや

るように努めようじゃないか」

 教育とは引き出すこと、無限の可能性ををもつ生徒の能力や特性を伸長

することだと信じて、実践しているつもりだったが、私自身の矛盾にみち

た、思いあがりに、グサリと刃を刺された思いであった。

 また、その頃の総務(今の教頭)である吉川時義先生を所用の途次お訪

ねした時のことである。折からのにわか雨に激しくゆれる前の畑の里芋の

葉を見ながら、

「ああ、いいおしめりだなぁ。里芋がみんな嬉しがって、体をゆすってい

る。一本一本そのゆれ方が違っていて面白いね」

 とつぶやくようにおっしゃった。

 後日また、ご自宅を訪問した折、広瀬淡窓の「桂林荘雑詠、諸生に示す」

の漢詩と「鋭さも鈍さもともに捨て難し、錐と槌とは使い分けなば」の短歌

の話をお聞きして、あの雨の日のことは、私に対する意図的な教育であるこ

とを知った。

 若かりし日の思い出であるが、この二つのできごとは私にとって大きな教

訓であり、進路指導に首を突っ込む動因ともなり、その後の教育信条となっ

た。

「教えること尊し。教えるとも知らで身体で教える人さらに尊し。導く人尊

し。導くとも知らで後ろ姿で導く人さらに尊し」を目標に四十年間を過ごし

てきたつもりであるが、その成果はいつ、どのようにあらわれるであろうか。


 退職後五年を経過した今でも忘れることのできない師の教えつくづく思う

昨今である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 人との出会いの素晴らしさを思うのです。出会いっていいね。

 この話は好きで、前に、書いたでしょうか? 忘れちゃったわ。

 そうそう、すぐ、忘れてしまうわ。涙。ふふふ。仕方ない。

 なんでもが、後ろ姿が語るものですよね。

 私は亡き父の後ろ姿、亡き母の後ろ姿がつねに、脳裏に浮ぶんです。

 せつなく父母を、こんな年になっても想い浮べ、今も偲ぶのです。



短歌


 亡父母の愛懐かしくなるかずかずのむかしが浮かぶ遠い日のこと


俳句


 蛇の目傘亡母の夏姿浮びくる


川柳


 晴雨傘思わぬ雨に役に立ち



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Comment

こんにちは!いつも、ありがとうございます。

グランマさん、鈍感とか、諦め上手というのは、
心のスイッチを切り替える能力、という言い方もできますよね。

わたしも、今後はそこを一に学びたいし、訓練していきたいなと思います。

お手紙のお返事が揃ったのですね!
おつかれさまでした。また愉しみが一つ、増えましたね。

  • posted by 窓
  • URL
  • 2018.07/07 17:52分
  • [Edit]

そうなのよ。楽しい!

 窓 さま

 こんばんは、ありがとうね。
 
 面白いのよね。おひとりは、ただいま入院中だったんですよ。だから、すぐにね。
 来られない方をお知らせしたり~~早く治ってねってね。とね。
 もうひとりの方もこられないと言う電話がありましたので、笑えますの。
「あのね。車椅子でないといけないし、誰かについていてもらわないと~~だから~~」
「そうよね。私がついてるけれども、気を遣われるでしょう~~ごめんね」
「そうよ。もう、私、九十三歳だから~~ねえ」
「えっ八十三歳でしょう。九十三歳じゃあないでしょう」
「九十三歳ですよ~~」
「まあすごい!八十三歳だと思っていたわ?立派ですねぇ~~」
 わたしのぼんやりさんが、またまた、おかしくてね。
 いかに、ぼんやりかがわかるでしょう。
 ひとり、その電話の後、ひとりわらってたんですよ。

 さっそく、また、手紙書いてだしておきましたのよ。皆さんの近況をお知らせしたんです。
 笑えるグランマよね。

 ありがとうございます。嬉しいわ。
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2018.07/07 18:30分
  • [Edit]

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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