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おばあちゃんのひとりごと

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大阪の船場には「気品三代」という言葉があります。

 大阪の船場には「気品三代」という言葉があります。気品を

 つくるには三代かかるという意味の言葉です。すなわち三代

 の祖先の修行の積み重ねが当代の品性に影響を及ぼしている 

 というわけです。

                   北尾吉孝


 でしょうね。日常のいたるところで気品というのは感じられますよね。

気品ある人になれるように、日々努力したい。ないない私ですのでね。


 よく、小さい頃、母に躾けられたものですが、今になるとありがたい

なぁと思い出されます。ちょっとした仕種を母はとても叱りました。細

かいことでしたがなんでもに「それはすぐやめなさい。へんな癖になる

から~~」と、たしかに、無意識のうちについしらずしらずにたしかに

やっている些細なことでしたが、いまでは、母に感謝するのです。それ

もこれもある意味で気品につながっていくのかな~~と思うのです。


 周りから見られて嫌がられようなことをしないように、表情やあらゆ

ることを躾けられまた。そのときは何でこんなに細かいことまでを~~

と思ったりしましたが、必要な躾けでした。

「知らぬ間に癖になってしまってるからね。癖にしないようすぐやめる」

といわれたものでした。そこには、いつでも周りに対するおもいやりが

感じられることも多くありましたね。それってとても大事なことでした。

いまさらながらに亡母のことを思い出す夏の夜のです。


 でも、すごい面白いところのある母でしてね。明治生まれの母で気丈で、

女学校を卒業したというのに、読書をしている姿は一度も見たことがない。

お裁縫は好きだったようですが、腕を骨折してからは肩が凝るといってやめ、

姉に聞くととても器用でなんでも手作りしてたようですが、私と妹にはもう

何も手作りしませんでした。

 足と手を上手に使うことをね。教えてくれ、自分もやっていました。私

の田舎の家は旧い大きな家でした。日本庭園があり、その庭を眺める座敷

には、一間の廊下がありましてね。その広い廊下を雑巾がけをするに乾拭

きをする。母は足をうまくつかっていました。

 両足に雑巾をひきスリッパにしてね。楽しそうに歌を口ずさみながら歩

くのです。ときどきキュキュと強くこするようにしたり~~ね。見てて子

供ながらにそんなあ母が好きでその光景が浮び………足で拭くスリッパが

売り出されたときに、母だがね。ふふふ。


 ”行儀の悪い立ち居振る舞い” ですが、おおいに、足の指を働かせると

いうか? わかりますか? 考えて? 上手につかったがいいですよね?

笑えるのですから? だからわが姉妹、みんな亡母の思い出話のとき。


「おかあちゃんって、ホント面白かったね~~」と、話したものでした。


 行儀には厳しい母でしたが、楽しい母でした。ね。もちろんそれをする

ときは家族のときだけですよ。おおいに足の指を上手に使ったものでした。

 お客さまがいらっしゃる時は、わが姉妹が四人。褒められるほどお行儀が

よくて~~ご挨拶から、バッチリの子ども時代でしが?

 ふふふ。

 だから、私は足の指で小さいゴミも拾ってゴミ箱に~~この前、ちいさな

男孫がきていましたので、自慢してやって見せていました。びっくりしてい

ましたね。アッハ。困ったおばあちゃんです。



        *


   ★ かあかあかあ ★

          フェアリーグランマ


   夕方になると

   からすが鳴く

   もうおうちにかえるだよう

   そう鳴いてるなあと思ってた


   なんだか老いて

   ひとりというに

   烏がかあかあかあ鳴くと

   なんだか家に帰る時間だなってね


   夕日が沈む頃

   遊んだ友らも

   家に帰るんです

   烏が鳴くからかえろうかとね


   わたしがちいさいちいさいころのことよ



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 小さな人生論

             藤尾秀昭 著


 生きる


 一人の人間が生まれるためには二人の両親がいる。その両親が生まれ

るためには、それぞれに両親がいる。二代で四人、三代で八人、四代で

十六人である。


 このように命の起源をさかのぼっていくと、

 二十代で百四万八千五百七十六人、

 二十五代で三千三百五十五万四千四百三十二人、

 三十代で十億七千三百七十四万千八百二十四人

 という人数になる。五十代、六十代とさかのぼれば、天文学的数字と

なる。


 その祖先のうち、もし一人でも欠けていたら、私たちの命はない。命

の炎が一回も途切れることなく連綿と続いてきたからこそ、私たちはい

ま、この世に生きている。先祖からの命の炎を託されて、私たちはこの

世を生きている。


 この事実を受け止める時、粛然とした気持にならざるを得ない。


 生きるとは単に生き永らえることではない。先祖から預かった命の炎

を精一杯燃やしていくことである。


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 私たちはいま、この世に生きている。

 ご先祖から命をいただき生かさせていただいている。ありがたい。

 大事な大事な命です。もうすぐお盆です。でも、えらそうなことを言う

私ですが、すべて、仏様のこともお墓のこともすべて長男夫婦に甘えるの

です。困った勝手なおばあちゃんです。すべてに、感謝なんです。


短歌


 手を合わせご先祖様に感謝して墓参りするもうすぐお盆


俳句


 夏の夜や夜空に火星輝いて


川柳


 汗流る街ゆく人はふうふうだ



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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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