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おばあちゃんのひとりごと

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私はずいぶん前から「ご臨終です」と死の瞬間をを告げることをやめました。

  虎は死して皮を残し、人は死して名を残す。保険に入って

  いれば金を残す。

              吉行淳之介


  我々両親は完全に君に満足し、君を吾子とすることを何よ

  りの誇りとしている。僕はもし生まれ変わって妻を選べと

  いわれたら、幾度でも君のお母様を選ぶ。同様に、吾子を

  選ぶということが出来るものなら、吾々二人は必ず君を選

  ぶ。

              小泉信三


 この手紙は、小泉信三氏が息子さんに書かれたのですが、何度読んでも

涙しました。心に残る愛情あふれる手紙です(出征される時に渡された)。


 台風があちこちに被害を残し去っていきました。

 台風の季節は、むかし、伊勢湾台風にあいましたので台風は怖いのです。

昨日は嫁「台風がくるから気をつけてね」メールがきました。ありがたい。


さあ、今日は朝モーニング珈琲に行きましたら、満席でしたのでバスで、

街に出て散歩しました。書道の店が好きなので、その店に寄り、便箋とか

を買い、また、バスで家に帰りました。


 夕方、220円珈琲に行きまして、久しぶりに手紙を書いていました。

 昨日の先生にも、千葉県の友やらね。嫂さんにも「台風は大丈夫?」と。

ぼんやり、短歌を作ったりしてたら~~まあ会えたわ。という声に顔を上

げると、仲のいい、偶然に会う友がたっていた。ボーリングの帰りだった。

「まあ~不思議ね。偶然ね。会えたね。元気だった。あえて嬉しいわ」

「あのね。亡くなったんだわ。婿(膵臓癌)は、すごい頑張っていたけどね」

「えっ!そうだったの。大変だったね。悲しいね。お幾つだったの」

「48歳なのよ。緩和ケアの病院を探してて、一ヶ月ほどは家にいることに~」

 退院しないと行けなくて、緩和ケアにはすぐ院できなくて、家に少し居

ることになって ”明日、退院という前日”に亡くなったのよ。と話される。

婿はホント苦しいということも言わず、静かに本人でさえ死を知らなくてか

と思うような死だった。娘も子供もみんな私も居る時だったからよかったわ


 なんだかわかる気がしてね。その友と暫く話していました。その友も多く

の死にあっているから~~大丈夫よ。という。大丈夫だな。私も多くの死に

あっているなぁ?と思う。誰もいろいろあるのだ。なんだか私もさびしいな。

 辛いけれども、がんばらないとね。


 ★いつの日か誰も逝く道なんだけどいつになるかは誰もわからん★


       *


  ★ 日日のなかで ★

        フェアリーグランマ


   日日いろんなことがあり

   日日いろんななかで

   日日いろんなことを

   日日いろいろとじぶんで考え

   日日乗り越えていくのだ


   なんだって日日

   自分で考えて

   しっかりと

   自分の道を

   歩いていくことだ


   今はすぐ過去に

   今はすぐ未来へ

   明るく喜んで

   楽しくいきたい

   自分の人生だから



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 生きかた上手

             日野原重明 著


 なぜ人を殺してはいけないか

  その問いには

  答えるのではなく、

  共に考えるべきです。


 「ご臨終です」とは言わない

 

 日本人のほとんどが病院で死を迎えるなかで、医療はいのちをどのように

扱っているでしょうか。私はもうずいぶん前から、「ご臨終です」と死の瞬

間を告げることをやめました、プツリと途切れたように死を言い表したくな

いからです。

 患者さんが危篤に陥るころから、私は見守る家族に向かって「だんだんと

呼吸が浅くなられました」と言い、「脈はかろうじてふれますが、もう意識

はありません」と言います。飛行機が着陸態勢に入って地上にランディング

するさまを頭に描きながら、患者さんが死にゆく状況を私は伝えます。瞬間

としての死ではなく、ゆっくりと進行する時間の流れのなかに、家族が患者

さんの死を共有できるように導いてさしあげたいからです。

 そして、まだ心臓が弱く打っているあいだに、つまり患者さんの意識はな

いけれどたしかに生きているうちに、家族や友人の方にはお別れをしてほし

いとおねがいします。「お母さん、ありがとう。お世話になりました」と、

家族一人ひとりがお別れの挨拶を耳元にささやきます。酸素吸入などはもち

ろん一切やめて、ただ静かな死を共に過ごすのです。

 そうして訪れた平和な死は、何よりも家族にとって、悲しいけれどやさし

い死として受け入れることができます。

 いまの若い医師たちは、身内の死に出会う経験をもたない人たちばかりで

す。ですから、よほど感性を豊かにして、医師としては最低限、患者さんの

静か臨終をおかさないよう心しなければなりません。いのちには、明らかに

その人の存在という安易におかすことの許されない重みがあるのです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ・・・・いのちには、明らかにその人の存在という安易におかすことの

     許されない重みがあるのです。・・・・

 ここにいつもの 一休さまのお歌を~~


  われ死ねどどこにも往かぬここに居る尋ねはするなものはいはぬぞ

                        一休


短歌


 コンビ二の外国人の店員の「おひさしぶり」にとまどいほほえむ


俳句


 日傘さしひとりボンヤリ歩く街


川柳


 日日のなかいつの間にやら甘え下手





 


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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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