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おばあちゃんのひとりごと

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『欲張らない。油断しない。でも、そこそこのゆとりを持つ』

  自分は体はもちろん、心よりも超越した存在であることを自覚せよ。

  体も心も道具にすぎないのだ。

                    中村天風


  病は忘れることによって治る。

                    中村天風


 中村天風師と、私の母の考えはよく似ていまして、軟弱な私は叱られ

(母は天風師を知らない。母自身は弱くてよく入院し病気ばかりでした)

たものでした。だって「調子が悪く気分が悪い~~」というと叱られて、

「ちょうちょうしい」「ほうほういうな」「がまんしな」「「痛いとか、

体がえらい」「気持が悪い」「疲れた」、口にするじゃないとね。

 体の弱く未熟児で生まれ育った私だったらしいのですが。母の愛情で

元気に育てられ、「病気は、気持が大事だから……口にだない!」とね。


 小学校の頃のこと、近所のおばさんに「あの子がやっとみんなと同じ

ようになんでもが出来るようになったわ~~」と、母が話しているのを

聞いて………お母ちゃんが大事に思っていてくれたんだなぁ~~思った。

 母は面白い母だった。

 胃の調子が悪いといえば、買い置きの胃酸を”ひとさじ口に放り込む”

蕁麻疹になれば「町医者に行っておいで、注射で直る~~」熱が出れば、

「寝てなさい」肌が荒れるとどくだみ茶を作ってくれたものでした。

 今から、思うとおかしくなります。そして、その何倍も、父は案じて、

真夜中でもそーと「どうだね。良くなったか」と部屋にみにきてくれた。

~~老いて、この年まで振り返りますと病気で入院はしたことはないし、

亡母に感謝です。不思議ですもの。なにがいいのでしょう~~。

 思い出しては、亡父母が守っていてくれるのかなぁ?なんてね?


 さあ今日も、朝、出掛けました。バスに乗り、そうしてみていたらね。

前から乗らなければいけないのに、乗り降りされる方のざわざわのなか

3人の男女らが乗車賃無しで後方から乗られ座られた、それとなく声を

かけたのだが無視されたので、もう言えなかった。そばにおられた方は

皆さん誰もが知らんぷり……これ以上は言えないな? と、諦めた。私。

 降りるとき、運転手さんに声をかけようかと思いましたが、やめまし

た。運転手さんが気づかない間のことだったようだ。それが許せない私。

笑えるグランマでしょう。


 また、もうひとつです。 

 そして、帰り、ご近所にある○○薬局で買い物をし、店を出ようとし

たところで、男性用の財布を拾った。お金やらカードやらがいっぱいに

入っていたので、これは困っておられるだろうな~~と、思いながら~~

薬局のレジ係りのお兄さんに渡したら「受けとったからいいですよ~~」

と、帰っていいと”そぶり”でなさる~~大事なものがいっぱい入った財布

なのに、なんだか、なんとなく、すっきりしない。グランマ。

 なんか気になるので、嫁にそれとなく話したら「それでいいよ。いろん

な人がおられるから、関わらないがいい……と言われ、そうかと納得。


 なんだか、怖いこともあるんだ?~~なんでもがね?

 まあそれでよかったんだな!謙虚にいこう。と。反省のわたし。

 笑うがいいですね。笑っていこう~~。


 東京の若い友人から手紙がきた。。。。お仕事にやりがいが見えてきた

・・・・感謝しています。と、明るい手紙に、ふわぁと私もいい気持ちに

なった。ありがたい。ありがたい。


      *


  ★ 幸せは ★

        フェアリーグランマ


 しあわせは

 自分が思うこと

 だからなんだって

 しあわせなんだ

 

 そうおもう

 ひとりでさびしいけれど

 それだってしあわせ

 みんなと一緒だって

 それだってしあわせ


 生かさせていただける

 元気ですごせる

 なんでもがみんなに助けられ

 なんとかなっていく

 なんでもがありがたい

 なんでもがおかげさま

 ああ今日はすぎていくわ


 いいこといっぱいね

 それを知ることだよね



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 禅の言葉 「いいこと」がいっぱい起こる!

                  植西 聰 著


 {慎重さを失っていると感じたときに}


 禍は慎家の門に入らず

                出典「従容録」

”笑う門には福来る”といいます。「多少辛いことがあっても、いつも前向きな

気持ちで、朗らかに笑っていられる人のもとには、幸福な出来事が起こる」と

いう意味です。

 この諺と似たような意味を持つ禅語に、「禍は慎家の門に入らず」がありま

す。「慎み深く暮らしている家には、災いは訪れない」という教えです。

 この「慎み深く暮らす」という言葉は、いくつかの解釈ができます。

 ひとつは、「あまり欲張らず、最低限のもので満足して暮らす」という解釈

欲張って無理なことをして、かえって余裕がなくなるのは、よくあることです。

 もうひとつは、「油断しない」という解釈です。不幸が起こらないように、

いつも注意深く、自分や家族の生活を見張り、チョッとでも不幸の気配がした

ら、事前にその芽を摘んでおくのです。

 どちらの解釈であっても、困難を避けるのに役立ちそうですが、あまりに最

低限のもので切り詰めることも、四六時中気を張って「何か悪いことが起きな

いか」と注意しているのも、心が疲れてしまうでしょう。それがストレスにな

り、人間関係がギスギスするようなことがあれば、本末転倒です。

 ですから、わたしは、「慎み深く暮らす」という言葉には、「欲張らない。

油断しない。でも、そこそこのゆとりを持つ』という意味も含まれていると解

釈しています。しっかりと慎み深く暮らしながらも、生活や心に余裕を持って

おけば、楽しく笑っていられます。そうなれば、笑う門には福来るです。

                    ◎ほどほどが、ちょうどいい◎


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 そうですね。

 謙虚でありたいわ。なかなかね。反省ばかりです。


短歌


 なんとなく秋風感じ街歩くあちらを眺めこちらを眺めつ


俳句


 にぎやかな若者の声聞こえ秋


川柳


 地震に泣く台風に泣きああわが国




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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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