おばあちゃんのひとりごと

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「幸せは急がないで」尼僧が語る「愛の法話」

               青山俊薫
               瀬戸内寂聴 編

 小松智光 京都 寂光院門跡

 ---省略ーーーー
 朝4時半ごろ山雀のさえずりで目覚め、火の気は一切ないご本堂に入って
ひとりでおつとめをして、ご飯をいただき、経典を学び、大原の山が薄墨色
になるころ自分で晩鐘を9つつきます。

 鐘の音色は、不思議なものです。鐘をつくその人その人の気持ち、年齢、
生活状態で違います。他の人につかせますと、”打つんだ!”の気持ちが
勝って、枹(ばち)と鐘がぶつかる音になる。余韻の和やかさというもの
がでてきません。

 先ず、心が”空”でなければなりません。空とは単なる”虚無”ではなく、
”有”を含んだ無のことで、”自らは何もない。母親は空だからこそ、自分
の子供を心のなかに入れることができるのです。
 そして、義務感や嫌だという気持ちでは、いい音色になりません。
 お釈迦さまもこう教えられていらっしゃいます。

        楽しみて 善に赴け
        慎みて 悪にゆかざれ
        心して 良く振る舞えば
        今も未来も みな楽し(法句経)

 善いことをしなければいけないから善いことをする。というような意識では
なく、楽しんで善い方向に向かいなさい。義務感とか、罰を恐れてではなく、
自然な気持ちで悪を避けなさい。そうすれば、今も未来もすべてが明るくなり
ますよ。という意味です。
 
 聖徳太子さまが創建なさった寂光院の鐘の音色は、千四百年にわたって、こ
のお釈迦さまの教えを、里の人々に説いておられるような気がいたします。

 夕暮れ時には、どうぞ鐘の音色に耳を澄ましてくださいませ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 この鐘の話しを、昔、他の本で、読んだことがあるのです。

 ある日お寺を訪れた立派なお坊さまが、「今日のお鐘をついた人はだれかね」
こんなお話だったと思うのですが~

  その鐘を打ったのは小坊主さんだったと思ったのですが、忘れたですが~

 確か「どんな気持ちで、鐘を打ったのか?」と尋ねられ~ その小坊主さんが
 確か「お母さんのことを思ってつきました」だったと思ったのですが~
私はすべてを忘れましたが、なんか感覚的に情景で覚えているのですが~
 立派なお坊さまには、おわかりになるのだ^と心で思ったのです。

   晩鐘の音

 悩んだり苦しんだり鐘の音は
 心に沁みて、温かいだろう
 つく人によって
 音色が違うなんてこと
 知らなかったけれど
 なんかわかるなあ

 心が泣ける 辛いとき
 お寺の鐘の音は、優しいだろう
 音色が聞く人によっても
 音色はつく人によっても
 それが違うらしい
 じっと 聞いてみたくなる
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Comment

温かいお話です^^

私が住んでる所は、小さいお寺が多いのです。
鐘があるのかどうかも知らないのですが、
普段は聞こえません。
それが、大晦日の深夜には、
どこからともなく、静かに控えめに聞こえるんです。

じっと聞いていたいような音なので、
きっと心が綺麗な人が打ってるんでしょうね。
  • posted by 夢桜
  • URL
  • 2014.02/25 20:46分
  • [Edit]

Re: 温かいお話です^^

不思議なようなことなんだけれど、
なんとなくわかる気がしますものね。

 心に残っていたのよ。
(なんでも、すぐ 忘れてるからね)

 でも よい鐘の音はきっと誰の心に
も響くと思うわよね。

 
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2014.02/25 21:15分
  • [Edit]

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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