おばあちゃんのひとりごと

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・一休さんにまつわるエピソード・

「まんだら人生論」 ひろさちや著より

 すべてあるがままの姿にほとけの慈悲、神の愛

 室町時代の一休和尚に、こんな逸話がある。
 ある村に、曲がりくねった松があった。

 一休和尚は村人を集めて、この松をまっすぐに見た者にご褒美をやる。と言われた。
村人たちは、あちこちに移動して、どこから見ればまっすぐに見えるか、苦労している。
しかし、その松は曲がりくねっていて、まっすぐに見えない。
 そのうち、たまりかねた村人の一人があった。

 「この松は、どこから見ても曲がりくねっているなあ……」

 「うん、そうじゃ。おまえがこの松をまっすぐに見た。おまえに褒美をやろう」
 と一休さんが言われたと言う。

 一休さんにまつわるエピソードは数多いが、その大部分はつくり話しである。たぶんこ
の逸話も、作り話であろう。

 曲がりくねった松は、曲がりくねったままでまっすぐである。まがりくねったものを、
なにも直線に見る必要はない。曲がりくねったものをありのままに見るーーそれが、曲
がりくねったものをまっすぐに見る方法なのだ。一休和尚は、村人たちにそう教えたか
ったのである。

 親が子どもを見るとき、子どもをまっすぐにーーありのままにーー見てあげてほしい。
泣き虫は泣き虫のままでまっすぐなのだ。腕白坊主は腕白坊主のままで、まっすぐであ
る。頭のわるい子はは、頭がわるいままで、まっすぐである。

 イエズス会のジョセフ・ラブ神父さんが、こんなことばを書いておられる。

 「神はあるがままの人間を愛されるので、あるべき人間の姿を期待して愛されるわけで
はないのです」

 泣き虫は泣き虫のままで、ほとけの慈悲・神の愛に救われているのだ。仏教もキリスト教
もそのように教えている。

ーーーーー  ------------

生きてゆくなかで

 みんな違って
 みんな違って

 それがいい
 同じなんてないがいい

 違ってるからいいのだ
 考えもみんな違う

 それでいい
 泣いてばかりいたって
 
 いつかは笑う
 怒ってばかりいる人だって
 
 いつかは笑う人になるだろう
 笑っているつもりだって
 
 かげで泣き怒りしてるかも
 それでいいのだ

 みんなみんな頑張って生きる
 みんなみんな楽しんでいきてゆく

 みんな違っていい
 すべてを認め、すべてに認められて 

 生きたいなあー
 生きていこうー

 

  
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Comment

こんばんは^^

娘が中学生の時、家族4人の夕食時に言いました。
「お母さん、3人共違うけん、大変やろ?」
私は笑って言いました。
「わざわざ3回に分けて産んだのに、3人がおんなじやったら面白くない。
 みんな違うけん、面白いんじゃないの♪」

この事を思い出しました^^
姉弟だから似てるところがある。姉弟でも違うところがある。
だから、大変な事もあったけど、育てるのは楽しかったのです^^
  • posted by 夢桜
  • URL
  • 2014.02/26 20:48分
  • [Edit]

Re: こんばんは^^

あなたって、いいお母さんだわー。そしてあらゆることに反応がいい。
きっと、頭いいんだな。そして、心・気持ちが優しい・思い遣り・がある。

 カンでわかる。発想がいいね。きっといろんなことが出来る人よ。

 子どもさんたちも立派にそだってみえるわ。

 それがなによりの喜びね。わたしの方が年が多いからごめんね。
 偉そうにこういういいかたで、許してね。そして ありがとう。
  • posted by フェアリーグランマ
  • URL
  • 2014.02/26 21:39分
  • [Edit]

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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