おばあちゃんのひとりごと

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この世の中それほど捨てたもんじゃあない・河野善行氏その②

「至知」2007・3
 --えん罪を大権してーーその②

 捜査というのは、疑うところから始まります。疑って、疑って、そして真実に辿りつ
く、疑うのがいけないとなれば、捜査は成り立たないわけです。
 けれども当時の捜査本部は、明らかにしてはいけないことをしてしまいました。高
校1年の子供に対して切り替え尋問をやったのです。「君のお父さんは罪を認めて
いる。君だけ隠していてもどうなるものでもない。みんな喋りなさい」もし長男がその
雰囲気にのまれて「そうかもしれない」と、一言言ってしまえば、私はまちがいなく逮
捕されていました。
 また、医師からは事情聴取は二時間が限度といった診断書が出ていましたが、取り
調べは延々と7時間に及びました。
 担当刑事が入ってきたので「こんなことが許されるのか」と抗議したら「これも捜査の
手法です。あんたの潔白はあんたが証明しなければならない」といいます。けれども自
分がなにもしていないことを、どうやって証明できるのでしょうか。私はいろいろな方法で
証明を試みました。できないんですね。何もしていないんだから、証拠となるものが何も
存在しないのです。それを世間やマスコミは要求してくるのです。
 7月31日、自白の強要を受けた。やはり7時間半の事情聴取でした。立っているのも
耐えがたい、警察は明日も出てこいという。とてもつらい選択を迫られました。任意の、
時事聴取を辞退すること、それは警察に対して逮捕のきっかけを与えるということです。
 動きが変わるのが翌年1月1日、山梨県上九一色村でサリンが分析され、その頃から
オウム真理教の存在が少しずつ表に出てきました。しかし長野県警は依然として、河野
クロ説を変えない。私は記者会見し、反省のないマスコミに対して提訴の用意があること
を表明しました。3月20日には地元紙に対して損害賠償請求を行いました。その時、会
見に集まっていた大勢の記者のポケットベルが一斉になり始めたのです。東京で地下鉄
サリン事件が起きたのでした。
 そして私の疑惑が消去法でなくなっていきました。私は警察当局に「河野、事件に関与
せず」と公の場で発表してもらいたいと要求し、6月12日に発表が行われました。一年か
かってやっと被害者が被害者になった。自分にとって、とてもつらい一年間でした。

 そんな中でなんとか私が耐えてこられた理由、それはやはり妻が生きていたことが一番
大きいと思います。
 --省略ーー
 そして十年以上がたってから、私に自白を強要した警部が、体を張って私の逮捕を阻止
してくれた方であったことがわかりました。
 人は、本当に知らないところでいろいろな支えを受けながら生きている。この世の中、それ
ほど捨てたものじゃあないな、そんな思いで現在を過ごしています。
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 大変な体験をなされました。何とも言う言葉が見つかりません。
 奥さまのご回復をねがうばかりです。 
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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