おばあちゃんのひとりごと

Entries

今日は他人の身・明日は我が身

短歌
 幸せはこころが決めると日日思う 幸せ感じて今日を生きおり

 振り返る暇なく過ぎし若き日を老いて思えりいまは静かに
  
 現代の三種の神器アイパット・スマホ・パソコン老いは楽しも

 几帳面な姉の文には性格がそのまま出ており亡き父に似て

  詩

 いきてゆく
 とても大変だ
 いろんなことある
 せつなくて
 苦しくて辛い
 神にも仏にも
 もう十分です
       そうかといって
       どうにもならず
       しかたない
       なんとかなるかあ
       手を合わせ
       祈るばかりなり   
       わらってゆくわ

「光に向かって100の花束」高森顕徹著より
…ああ、おれも子供に門番にさせられることがあるのか…
                         バラナ国の悪法
 昔、インドのバラヤ国に悪法があった。
 男が60歳になると、子どもから一枚の敷物をもらって、その家の門番にならね
ばならぬというのである。
 その国に、女房に早く死に別れ、極貧の中で男で一つで、二人の子供を育てあ
げた男がいた。
 もう彼も、60歳である。
 まるで、ひとりで成長したように思っている長男は、”敷物を探して父に与え、門番
にせよ”と弟に言いつけた。
  孝行な次男は、とほうにくれたが、物置小屋より一枚の敷物を探し出し、それを
二つに切った。
 「お父さん、まことに申し訳ありませんが、兄さんの言いつけです。今日から家の門
番になってもらわねばなりません」
 あふれる涙を押さえながら、その一枚を父に与えた。
 「おまえはなぜ、その敷物を全部与えないのか」
 兄は弟のやることが、どうも腑に落ちない。
 「兄さん、家にそんなたくさん敷物はありません。たった一枚しかないものを、全部お
父さんに使ったら、あとでいるようになったら困るじゃあありませんか」
 「後で、必要なときに困る? そんなもの誰が使うのかい」
 兄はますます不審に思う。
 「だれでも、いつまでも若いのではないのです。もう一枚はお兄さんの分ですよ」
 「なに、おれがそんなものを、使うことがあるというのか」
 「兄さんが60になったときです。敷物がなかったら、兄さんの子供が困るじゃありませ
んか」
 「ああ、おれも子供に、門番させられることがあるのか」
 がくぜんとして非道に気がついた兄は、弟ともに立ち上がり、もの悪法打破に成功した
という。

 「今日は他人の身、明日は我が身」

 といわれても、よもやまとうぬぼれて、我われは確実な未来さえも、知ることができない
のである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 これは、人は人生において60歳が、一つの区切りであり、子どもに家長としての責任
を渡しなさい、ということもふくまれているのでしょうね。
 日本では還暦祝いです。
 論語では、
  60にして耳順(みみした)がう。{人のことばがすなおにきかれ……}
 
スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽