おばあちゃんのひとりごと

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「これだ」雷に打たれたような気持ちになった西郷さん

「人生の師」童門冬二著より
    自分に厳しい分だけひとには”寛容”になれる。
    …上杉鷹山と西郷隆盛がともに心服した”大恩師”…
 
 西郷吉之助が沖永良部島に流された時、痛憤する西郷の前に一人の先輩流人が
現れる。川口雪蓬と言う学者である。島津久光に学問を教えていた人だ。

 --省略ー
 
 島に流されてきた西郷に、この川口が何冊もの本を貸す。西郷は読み耽る。やがて
一冊の本に行き合う。「おうめいかん遺草」という本だ。この本に西郷はえらく感動した。
そこには、人を導く者、民を治める者の心構えが、こんこんと書かれていたからだ。特に、

 「国を治め、民を治める指導者は、必ず、”愛民”の考えをもたなければならない」
 
 と書いてあった。いままで島津久光を恨み、天を呪っていた西郷は思わず、(これだ)
 と雷に打たれたような気持ちになった。つまり、この言葉と遭遇したことによって彼は
いままでの自分がいかに小さな人間であったかを知ったのである。そして川口に訊い
た。

 「いったい、この本はどなたがお書きになったのか」
 「細井平州先生だ」

 残念ながら、その頃西郷は細井平州を知らなかった。川口の語るところによれば細井
平州というのは、三河の国(愛知県東海市)に生まれて18世紀にかつやくした人だが、
「死学」を嫌い「実学」を教えた。特に彼は、その頃名君といわれた米沢の上杉鷹山や、
尾張藩主の徳川氏などに、このテキストを与えたという。上杉鷹山の改革が、ほとんど、
この細井平州のテキストに、よったことは有名だ。そして、これだけでなく、鷹山は新しく
学校を造り、学長に細井平州を招いた。しかし、平州は、学校にこもってばかりはいなか
った。山の奥や、遠い里まで出かけていって、武士の子弟だけでなく、一般庶民や農民
の子まで学問を教えた。しかもその教える例が非常にわかりやすかった。鷹山は感動し
た。鷹山の改革がスムーズに進んだのも、この細井平州の積極的な教育に負うところが
大きい。
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   …人や言葉や大切なこととの邂逅には神や仏との不思議な力を感じる…

 わたしは、これが、とても大事なことだと思うのです。ハッとする。考える。感謝。
 不思議な邂逅ってあるのに、自分が感じないことがあるのかも知れません。
 どんなことのなかにも、今日の一日のなかにも、ふと、思うと、大発見があるかも?
 毎日、楽しんで笑って、ハッとして、日々をすごしたいものです。そうすれば、きっと
幸せがいっぱいある日々であることに、気ずいていけます。
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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