おばあちゃんのひとりごと

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中丸三千繪さんの「歌うために私はここに生きる」②

 人間学を学ぶ月刊誌2007・3
      「至知」
       インタビュー 中丸三千繪 その2

   { いいところを抜粋 }
 やっぱり親が苦労して働く姿をずっと、みてきましたからね。小学生くらいの時には、
物事はお金ががないと動かないし、困った時に必ずしも誰かが助けてくれるわけではな
いと思っていました。だから割と小さい頃から、自分の道は自分で切り拓いていかなけれ
ばと感じていたように思います。
 大学時代は長期休暇のたびにニューヨークへ短気留学ですから、その資金を捻出せる
ために、土日はずっとアルバイト、ピアノを教えたり、スイミングスクールでコーチをしたり
、自分で企画、プロデュースして、カルチャーセンターで「美声と健康のためのボイス&ボ
ディトレーニング」という教室運営もやりました。これが結構ヒットして、5年間続いたんで
すよね。ニッポン放送でディスクジョッキーもやったし、あ、そういえば保険の定款もつくっ
ていたんだ。

 ーー多才ですねーー
 
 そのバイト代を元手に株をやっていましたから、毎朝8時55分になったら証券会社に、
電話です。
 さらに仕事と仕事の合間に語学校でドイツ語やフランス語、ロシア語、イタリア語の勉強
をやっていましたから、もう頭の中もごじゃごじゃ。忙しすぎて、生活を十とすると肝心の歌
の練習が一で、九がほかのことなんです。これじゃあ本末転倒だと思い、なんとかしてや
めようと画策していた時、デビューのきっかけとなった小澤さんとのお仕事の話をいただき
ました。

 ーーどういうきっかけだったのですかーー

  ある日、新日本フィルの関係者から「声を聞きたい」と呼ばれたんですね。そうしたら、実
は小澤さんが(指揮を)振るオペラの主役が二か月前になって急に降板したから、いまか
らその役を勉強して小澤さんの前で歌ってオーディションをうけてくれないかと。

  --突然にーー
 
 ええ、でも、私は昔作曲科を目指していたくらいだから、難しい楽譜でも初見で歌えるほう
なんですね。そいう様子を観て、小澤さんも同じ桐朋の後輩だし、「彼女でいく」と私を採って
くれたんです。それが86年の「エレクトラ」で、26歳の時でした。

 ーーいきなりの主役デビュー、重圧はありませんでしたかーー
 
 初日が終わった時、演出をされた実相寺昭雄さんに、「君、あがらないの?」と聞かれて、
「あがっている場合じゃあないですよ。歌うのに精いっぱいで」と答えたら「ああオペラ界にも
ついに新人類が現れた」と言われたんですよ。だから、重圧を感じるよりも、とみかく歌うこと
だけに集中していました。
―――ー続きます③ーー
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 なんか たのもしくて、いいなあー。
 
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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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