おばあちゃんのひとりごと

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感謝という心には、いっさいフラストレーションはない。

「子育ての心」盛永宗興著より

                               日本人は供養の心をもっている
 日本人の生き方は、針供養がそうです。縫物をする針を、お豆腐とかコン二ャクとか
いう柔らかいものに刺して、「一年中堅い着物を縫っていただいてご苦労さま。きょう
はひとつ、やわらかいところで休んでください」と、供養をして、「あなたたちのおかげ
で、わたしたちは着物を縫ってこられました。それで生活することが出来ました。あり
がとう」といって感謝する。
 「あんたたちのために、私はこきつかわれた。縫物ばかりしなくてはならなかった」と
いう考え方と、「あなたがたのおかげで、私は生活することができました。ありがとう」
と、どちらが、完璧にフラストレ-ションを解消することになるのでしょうか。
 胸のなかがムカムカするというのは、恨みつらみでムカムカするのです。感謝という
なかには、いっさい、心のなかにたまっているフラストレーションはありません。欲求不
満はありません。
 「おかげさまで、有り難かった。だから供養しましょう」---こういう心の持ち方で生
活している親に、恩を知らない、感謝を知らない子どもができるはずがないのです。
 もし、アメリカのタイピストがやっているような、一年に一度ハンマーで自分が使ってき
たタイプライターを叩き壊すということがあたりまえになったら、うっかり、子どもは育て
られません。
 「あんちくしょうのために、あれやったらいけない。これやったらいけないで、さっぱりお
もしろくなかった。ああしなさい。こうしなさいと、うるさくてかなわなかった」といって、今
日まで、育てられた父や母を、ぶったたいてやらないと気がすまない子どもが、親に向か
ってこないともかぎらないのです。
         --省略ーー
 このようなことはみんな、小さいときにできているのです。少なくとも子どもの前で、その
子の親が、自分の親を大切にしなかったり、おじいさんおばあさん、舅姑というのはうるさ
い存在だから、いないほうがいいと思いながら子どもを育ててきた親の子が、どうして、自
分の親に感謝するでしょうか。
 「因果はめぐる」という言葉があります。こういう因果関係をちゃんと頭にいれてないと、
       
         --省略ーー

 私は世のお母さんたちに、もっと賢明であってもらいたいのです。善か悪かかと考えるの
ではなく、愚かか賢明かということで考えて貰いたいのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 なんか、私には、ギクリとする言葉です。
 いろんなことが起きたとき、ついついそれは善か悪か?良いと思い……?
 正しいと思ってやっているのに……。そうではなくて、愚かか、賢明であるかなんだ?
 そう思うと、ただただ愚かな私であった!こんな年になってでも、気がつけられて幸ね。
 感謝だな。ありがたいこと。だから、いまの私なのだな。愚かでなく、賢明に生きよう。
 上手くは出来ないかもだけど。心がけるだけでもいいだろうから……。


 善か悪か 愚かか賢明か
  
   いままで生きてきて
   そんなだいそれたことじゃあないけど
   でもなあ もっと賢く考えて生きなあかんわ 
   いいか、悪いかじゃあだめなんだな
   善か悪だけじゃいけない
   愚かでなく 賢明に生きることなんだな
  
   

   

  

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Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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