おばあちゃんのひとりごと

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ズ―ズ―弁の東北地方に標準語を操る不思議な村・・・

「到知」2012・2・
 東北の山中にある標準語の村」
               北条常久(文学博士)

 ズ―ズー弁の東北地方に標準語を操る不思議な山村があることをご存知で
しょうか。秋田県平鹿郡西成瀬村(現在の横手市)です。過疎化の波に勝てず
閉校になりましたが、この村の唯一の小学校・西成小学校の卒業生は澄んだ
声で標準語を話すことで知られていました。卒業生だけでなく地域の人もまた、
きれいな言葉を使うので、旧西成瀬小学校はいまでも「標準語村」と呼ばれて
います。
 東北の方言の特徴は、母音を上手く表現できない点にあります。「イ」と「エ」
、「シ」と「ス」の発音が混ざり、「寿司食べろ」と伝えたくても、「すすたべろ」とな
るのです。
 戦争中は東北出身の兵士が「ススメ」を「シシメ」と発音し、「それでは軍は進
めない」と上官から殴られたという実話を聞いたことがあります。
 言葉の問題からか東北人は都会に出ても内向的になりがちで、言葉を指摘さ
れて死を選ぶ人すらいました。しかしそんな中でも標準語をマスターした西成瀬
村の人たちは積極的な生活態度がめだっていたのです。
 ところうで、西成瀬村が標準村と称されるようになる上では、立役者ともいうべ
き人物の存在を忘れることはできません。

 「ことばの先生」の愛称で親しまれた遠藤熊吉(1874~1952)です。熊吉は明治
から昭和までの三次代、58年も長きにわたり村の標準語教育に尽力し、言語面
から村人の人生に大きな影響を与えました。
 熊吉はこの村の地主の息子です。19才で上京して主に国文学を学んだ後、帰郷
して西成瀬小学校で教鞭を執るようになります。その頃、日本では、東京・山の手の
言葉をもとにした標準語教育が始まっていましたが、熊吉がその村で見たのは思う
ように発言できずに苦しむ子どもたちの姿でした。
 そもそも標準語を正しく教える立場にある先生ですら満足に発音できないわけです
から、効果が上がらないのも無理はありません。
 しかも、当時の秋田の農村の生活は熊吉が見てきた華やかな東京の生活とは対照
的に貧しく惨めでした。生徒たちは一様に無口で、熊吉が標準語で丁寧に話しかけて
も頷くだけで口を開こうとはとはしなかったのです。
ーーーーーー続きは次にーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

   短歌

     何事も忘れることが大事なるボケるのでなく上手く忘れる

     部屋のドア―不思議なことよギィーと鳴るそんなときわたし亡夫来たと感ず

     不幸だから幸を求める幸ならばいつもが幸なら幸は求めず

     飛び上がる一人住む吾亡き笑う嬉しくて笑う悲しくて泣く

     うらやましい友らはいう言う一人住む吾を納得させるがごとく
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