おばあちゃんのひとりごと

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心を素直にして老いを笑顔で過ごしたい

  それぞれちがうんだもの

  みんなちがって、みんないいよね
  いろんなことがいっぱいあって
  そのときどきの判断が
  どうしようもなくてね それでいいと思う

  みんなちがうんだから
  ちがうからいい ちがっていい
  そのときどきの考えが
  どうすることがいいなんてわからない

  どんなことがいいのかなんて
  みんな事情が違うんだもの
  そのとき懸命に考えたなら
  それがいいんだよね

 こうして、痛みの中 いろいろと判断の失敗や、先生の話も聞いておらず、まったく
笑えるような日々。先生までついて行ってもらわないと駄目でした。
 でもみんなに助けれれ、いろんな考えにあい幸せでした。頑固な老人で反省しまし
た。頑固で嫌な自分を見つけたのです。
 愚か者でした。みんないろいろで違っていいものです。私は頑固な自分に嫌にな
りました。もっと心を寛大にもち、ゆっくり老いを過ごしたいものです。頑張るわ。

 さあ昨日の続きを~2014・8「到知」より


境野  学校で毎年クリスマスの集いという催しがあって、偉い神父さんをお招きし
     てメッセージをいただいおていたんですが、39歳の時に今年は境野先生
     にやって欲しいといわれたんです。びっくりして校長室に駆け込みましてね
     私にはとても務まりませんと申しあげたら会議で神父さんたちから意見が
     出たんだと。
      あなたはこの20年近く、キリスト教の学校で一日として笑顔を絶やしたこと
     がない。それは仏教の考えに基ずいているのか、皆が聴きたがっているか
     らぜひ話してほしいとおっしゃるんです。
     それを伺って、あぁもうこれで退職していいな、と気持ちに区切りが付いたん
     です。

横田  そうでしたか。

境野   私はそのスピ―チの中で、安谷老師に教えていただいた「雲水」のお話を申し
     あげました。キリスト教の学校に入ったら、禅宗を捨て切って、キリスト教信者に
     なりきって、キリスト教に尽くせ……。それが禅の修行だ。捨てきることが禅の眼
     目だ。
      私は18年間、老師の教えに従い、禅宗を捨て切って、キリスト教の学校で、いつ
     も明るく、いつでも楽しく尽くさせていただきました……というクリスマスメッセージ
     を申し上げました。
      そのすぐ後で、アメリカ人のラッシュ神父が私に「禅とはすごいなあ、残念ですが、
     キリスト教には、キリスト教を捨て切って他の宗教に尽くせという教えはありません」
     といいながら、堅い握手をしました。
      「雲水」だけではない。松のように、竹のように、梅のように生きる「松竹梅」の話を
     しても、外国人の神父さんがびっくりして、感心なさいます。が、残念なことに、日本
     人は祖先から伝わった素晴らしい日本の人間学を、すっかり忘れてしまいました。
      そこで私はクリスマスの集いでお務めを果たした後、若い方々に日本人の心の生き
     方の基盤を教える「道塾」を立ち上げたわけです。
      キリスト教は欧米の中心的な思想で、禅の考えとは非常に対照的です。それを学園
     の優秀な神父さんたちを通じて学ぶことが出来たおかげで、両方の特徴をハッキリと
     掴むことができました。栄光学園にお勤めさせていただきながら、安谷老師の下で、
     禅の修行を積ませていただいたおかげで、きようの私があると思っています。

ーーーーーーーまた
続くねーーーーーーー


  
 
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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