おばあちゃんのひとりごと

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夕焼小焼で日が暮れて……童謡にある仏教の心。

彼岸花

 街の街路樹の根元で見いつけた
 公園の花壇の中でも見つけたよ
 彼岸花 お彼岸に忘れずに咲いてくれるよ

 あまりにも美しくて出会うとうれしくなる
 なんとなく 懐かしい気がしてね
 きっと 極楽にも蓮と同じように咲いている気がするな

 だから ここにも、仏様がおられるようでね
 なんだか 私は 幸せな気持ちになるよ
 そして 咲いてくれて「ありがとう」って言うのよ

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 一期一詩 <こころの詩>を読む
                           瀬上敏雄著より

 共生共死

         夕焼小焼   中村雨虹

    夕焼小焼で 日が暮れて
    山のお寺の 鐘が鳴る
    お手てつないで 皆かえろ
    烏と一緒に 帰りましょう

 畏敬する山折哲雄氏が、ある国際会議で韓国へ行かれたおり、韓国の老仏教
学者から「日本人がうらやましい。それは仏教の思想が日本人の心に深く浸透し
ていることだ」と言われ、日本人ほど仏教を袖にしてきた民族はなかったのではと
思っておられた山折氏は、大変意外に思われた。しかし、老学者は「日本には、
”夕焼小焼”という童謡があるでしょう。あの歌には、仏教の思想が脈々と生きて
いるではないですか」と、そういって日本人の宗教心に深く敬意を表されたという。
 
 「夕焼小焼で日が暮れて」日本人は平安時代の昔から、落日の光景に西方浄土
を想念し、どれほど夕焼けの風光を愛してきたことか。そこに魂の永遠の安らぎの
あることを信じてきた。

 「山のお寺の鐘が鳴る」山寺の鐘の音は「平家物語」の冒頭の名文ならずとも、
人々の心に「諸行無常」の仏教の根本思想を植えつけ、その無常感は日本人の
人生観・生命観の根底に水脈となって流れてきた。
 「お手てつないで皆かえろ」昔の子供は日の暮れるまで遊んだ。そして友達と
手をつないで家々に帰った。そこには共生の世界があった。人生にも帰るべき
魂のふるさとがなければならない。

 「烏と一緒に帰りましょう」仏教でいう一切衆生とは人間だけのことをいうので
はない。獣も鳥も魚も木も草も、命あるものがみんな仏のいのちを生きる同根の
存在と考える。

人間だけが生きるのではなく、いのちあるものがみんな、共に生き共に死ぬ共
生共死の世界こそ、この地球を未来に浄土として残してゆく道ではなかろうか。

 アメリカの一哲学者の書いた童話「葉っぱのフレディ」は、文明生活に汚染した
人間に、大きな感動を持って命の尊さを教えてくれる。大木の葉っぱとして生を享
けたフレディが、枯れ葉となって散るまでの一生を通して、その一つのいのちにど
んなに多くのいのちが働いているかを。
 
 共に生き、共に死んでいったフレディの姿に激しい感動を覚え、私は生きている
喜びに思わず嗚咽をもらした。

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 今日はうれしいことが、あったのよ。
 杖がふっとしたときに、手から離れて落ちてしまったのよ。これは足の指で上手くは
さんでとらないと……。
足ではさもうとしたときです。(まだ、ちょっと、かがめないからね)
 40歳代かしら・ 男性がさりげなく、拾って下さいました。ありがたくって! ね。
 やはり 仏様のような人がおられる……。
 なんか、うれしくて「ありがとうございます」と言いつつ、恥ずかしくなってお顔が見ら
ませんでした。

 いいこの世の中です。ふっふふ ありがたきかな・
      

 
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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