おばあちゃんのひとりごと

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人間はわが母の愛に触れて、永遠なるものに逢う。

さあ 今日は秋のお彼岸。お寺にお参りできてうれしくありがたい。
 電車の駅からは息子夫婦が、寺まで送ってくれ、ありがたい。
 帰りは友達が、お寺まで迎えに来てくれて、一緒にコーヒーし、お野菜を畑で
とって、新鮮なる茄子やらトマトやらピーマンやらヌキいろいろ……。菜っぱやら……。
 リュックサックに入れてくれ頂き、駅まで送ってくれて、幸せでね。ありがたい。
 家でりュックを開けると、野菜の新鮮な匂いがして、なんか幸せな気持ちにな
りました。ありがたい一日。ほのぼのと温き、日。
 
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一期一詩     <こころの詩>をよむ
               瀬上敏雄 著 より

   永遠なるものの愛

     忘れない
              河野 進

   わたしは 太陽を忘れても
   太陽は わたしを忘れない
   わたしは 神を忘れても
   神は わたしを忘れない
   わたしは 母を忘れても
   母は わたしを忘れない
   太陽よ 神よ 母よ
   無限の慈しみよ 永遠の愛よ

 マザーテレサに愛の協力を惜しまなかったキリスト者、河野進
さんの詩集「母の詩」の中の一編である。

  河野さんの言葉のように、人間は眼前の欲望の充足のみを求
めて、人生で一番大事なものを忘れている。しかし神も太陽も母
も、私たちがどんなにその存在を忘れていても、無限の慈しみを
もって働き続けておられるのだ。
 
 そして私たちの一番身近ににあって、無償の愛の姿を見せてく
れるのは母の存在である。河野さんは、少年の日から百九十四
編の母への讃歌を、深い思いをこめて歌っておられる。
 
 この世に生を享けたもの誰一人、母を慕わぬものはないであろ
ろう。第二次大戦の、レイテ沖海戦で、十七歳で戦死した私の弟
は、海兵団に入団した当時、故郷への手紙を何通か残しているが
、どの手紙もみな「お母さん」という呼びかけで始まっている。きび
しい訓練の中で、母を呼び念ずることで、耐え難い辛さ、悲しみか
ら逃れることができたのであろう。
 
 私は今年、喜寿を迎えたが、この齢にして人生の困苦に遭うと、
母を念ずる。すでにこの世にいない母が、私を励ましてくれるので
ある。念仏者暁烏敏師は「十億の人に十億の母あれどわが母にま
さる母あらめやも」と詠まれたが、人間はわが母の愛に触れて、永
遠なるものに逢ってゆくのであろう。
 
 映画監督松林宗恵師はまた念仏者でもあられる。母上が亡くなら
れた時、映画の撮影で葬儀にも帰れなかった松林師のもとに、母上
の遺品の中にあったという分厚い現金封筒が届けられた。それは父
上 亡きあと十三年間、小遣いにといって松林師が毎月母上に送られ
たものであった。
 
 封も切らず、宝物のように大事にしまわれていたのである。子を思う
母の愛の深さに、人生の悲しみにもめったに泣かなかった松林師は、
母の墓前にぬかずき、子供のように声をあげ、慟哭された。

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  見えなくてもあるんだな

 母の愛も
 神の愛も
 仏の愛も 
 家族の愛も
 友の愛も
 なんにも見えないけれども

 あるんだよ
 感じられ なんとなく 
 つたわってくる
 それもこれも みんな 
 自分の心から 生まれるんだよね
 生まれるんだと思うよ

 自分が信じて感じればいいな
 大きな 大きな 愛があるよ

 なんか なんとなく 
 そうおもうなあー
 

  
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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