おばあちゃんのひとりごと

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われ死ねどどこにもいかずここに居る・・一休禅師

 短歌

   秋夜長なんかさびしく感じるは乙女でありたし老婆を忘れ

   横綱は勝ってほしくて声を出しひとりテレビにおお声出して

   秋の夕ベランダから見る夕焼けはおさなの記憶亡き母思う      
   
   あちこちの窓から聞こえた「ごはんだよ」 そんな昔が懐かしきかな 

   せいいっぱい生きて過ごした過去などはすっかり忘れ現在(いま)をたのしも      

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    さわやかに
   死を見つめる   禅僧に学ぶ生き方・死に方のヒント
    80の話            公方俊良 著より

 生きてるときに「空」にいきるべし

 一休禅師といえば、子供から大人まで誰でも知っているお坊さんです。
子どもは、絵本やアニメを通して、トンチ小僧一休さんを知っているし、年
配の方は、巷談一休咄を通して高僧である一休禅師が弱者の側に立
ち、権力や悪人をやっける正義の味方としての一休像です。
 
 さらに、一休に関心を持ち、著作などを読まれた方は、「狂雲集」とい
う詩集にみられるように、老齢にありながら盲目の美女との愛欲生活や
兄弟子を罵倒するなどの破戒僧一休の姿です。

 一休にはこれら三つの顔を持ちながら、それらが別々ではなくどこかで
一体になって、います。
 それが枠に捉われない自由さ、意表を才覚、徹底した行動力を生み、
脱の禅者、風狂の禅者と呼ばれるのです。

 一休は、文明十三年(1481)88歳で入滅されました。臨終の際に
弟子の一人が、

「死んでどこにいかれますか」と尋ねました。一休が答えていわれました。

「われ死ねど どこにもいかぬここに居る 尋ねはするな ものはいわぬぞ」

 禅では、死後の世界を否定します。無から生じ、無心に生きて、無に還る
禅の境地を表明されたのです。
 また一休が詠まんだ句に、次のものがあります。

 「生まれては死ぬるなりけりおしなべて釈迦も達磨も猫も杓子も」

 生あるものはすべて死ぬ、お釈迦さまも達磨大師も例外ではないと
いう意味で、生者必滅、会者常離の道理説かれているのです。

 ーー省略ーー

 つまり、昨日生まれたかと思ったら、今日 死んでいく儚い一生であ
った。
生まれたとき備わった五大(地・水・火・風・空)のうち、肉体を構成する
四大(地・水・火・風)が滅び、本来の空に還っていくだけだという教えで
す。

 ただし、大切なのは、人間は死んで空の世界に還ることよりも、生きて
いるときに悟って空に生きることです。

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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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