おばあちゃんのひとりごと

Entries

学校休む……自分を管理できんと、さぼる権利がない・・森氏の親様

    親は いつも言っていた
    挨拶はちゃんとしないと

    親はいつも注意したのは
    食事の行儀だったな いろいろ教わったな

    親はいつも注意したな
    兄弟関係 年上と年下の関係だ

    親はいつも厳しかったな
    しかられたものだ でものびのび育ちゃった

    親はいつも言ってたな
    自分のことは自分でしないと

    親は言ってたな
    ちゃんとせんと 神仏がいつもみておられる

    親は言ってたな
    いつも 愛嬌よしにするが自分のためと

    親は言ってたな
    なんでも さっさと動け

    親は言ってたな
    悪いことはするな 手伝いはすすんでやれ

    親は言ってたな
    行儀良くしなさい 

    学校はいくものであり 病気でも行かないといかん
    とおもっていたな だから 休むことなんて 考えなかった
    
    今の時代とはちがうだろうからなぁ
    昔のことを話をしても とは思うけれど でも
    なんでも ほんの ちょっとでも いいことあるかもな
    なんだって 心の根本にとおるものって おなじかも
    親子の敬慕の心 愛情 感謝 すばえてを思う親子の情 まだまだ……。
    いつの時代も その時その時 違うだらうかもだけど
  いつの時代も その時その時 変わらないこともあるだろうなあぁ 
    
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「寄り道して考える」
   森 毅
   養老孟司  著より

  --省略ーー

# 自由を伴う自己責任を知らない。いまの学生たちーーー森

 僕の家庭というのは、いまの中学生ぐらいの家庭とは、かなり違っていました。
 典型的な例があります。僕は中学校二年生ぐらいから、。学校を休むということ
を覚えました。ちょっとずるがしこくなりはじめる年代です。そのときに僕の親はこ
んなふうに言いました。

 「みんなが学校に行っているときに、休むというのは自分の責任やから、落第せ
んように、どうやってスケジュールを組むかは、全部自分で決めなあかん。学校の
時間割は向こうが組んでくれるけれど、さぼるほうは、自分が組まなあかん。そこ
をちゃんと管理できんと、さぼる権利はない」 
それから、こうも言いました。

「みんなが学校へ行っているときに、自分で選んで学校を休むんやったら、せめて
その一日は学校へ行ってるときより、いい一日にせなあかん」

 これは、中学生の僕にとっては、かなりきつい言葉でした。当節風に言うと、「自由
に伴う責任」です。しかし、このように行ってくれる親がいたということは、いま考える
と、かなり恵まれた環境だといえるでしょう。

 現在は、この親子関係がどんどんダメにになっているような気がします。親が、これ
ぐらい子どものことを信用しーーー僕の場合、信用されていたのかどうかは疑問です
がーーー自己責任というものを考えさせられば、もう少しいまの子どもたちの考え方も
変わってくるように思います。

―ーーーーーーーー次回 続きありますーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スポンサーサイト

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽