おばあちゃんのひとりごと

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”わたしは虻じゃあなかったかな” と考えてみましょう

 昔むかし、まだ高校生だった時、学校新聞に始めて投稿して短歌が、
選ばれてね。掲載されたのです。両親が喜んだかも、なんにも覚えて
なくてね。でもその短歌だけは、不思議にずーと覚えているのです。

  水際のあやめの花もひときわに雨降るなかに涼しげに咲く

 だったと思う。国語でちょうど短歌を教えていただいていて、その先生
が褒めてくださったってね。その時習った短歌も覚えているのです。な
んとなく心がジーンとして、特に 好きな短歌だった。確か?

 幾山河越え去りゆかば寂しさのはてなん国ぞ今日も旅する

 白鳥は悲しからずや海の青空の青にも染まずただよふ
 
 この2首が好きでした。むかし昔だわ。今夜 ふと 思い出してた。

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幸せは急がないで      青山俊薫
                 瀬戸内寂聴

  見る角度を変えてみる
  遠く離れて眺めてみる

 --省略ーーー
 
 --江戸時代末期の大阪に風外本光禅師というかたがおられました。
 そこへ川勝太兵衛という豪商が、人生相談に訪れました。お金が沢山
あれば、それだけ悩みも多いのでしょう。
 豪商が禅師にいろいろ悩みを訴えておりますところへ、一匹の虻が飛び
こんできました。虻というのは、自分がここから出ようと思うところへ勢いよ
く飛んで行って、障子にぶつかって失神したように畳に落ち、しばらくすると
またもそもそと起きあがり、同じ障子にぶつかって落ちる。
 そんなことを虻は、禅師の前で、いつ果てることもなく繰り返していました。
豪商が一生懸命に悩みを訴えているのに、聞いておられるのかおられない
のか、風外禅師は虻ばかりみつめておられる。とうとうたまりかねた川勝太
兵衛は、

 「禅師さまは、よっぽど虻がお好きと 見えますなあ」 と言ったのです。

 ハッと我に返った禅師は、
 
 「これは失礼をいたしました。つい虻に見とれてしもうて。
 それにしてもこの虻はかわいそうなものじゃ。この寺は有名な破れ寺
で、障子も破れていれば立てつけもガタガタ。
 あちこちに出ていく隙間があるのに、ここからしか出られないと思って、
そこへ頭をぶっけてはひっくり返り、ぶっつけてはひっくり返り。あんなこ
としていたら死んでしまいますわいな。
 
 ちょっと角度を変えて目を別のところへ向けさえすれば出口はいくらで
もあるのに、それが見えんのだから、かわいそうなものじゃ。……しかし
人間も似たようなことをやっておりますなあ」  と、つぶやいたのです。

 これを聞いた太兵衛は、目から鱗が落ちるように気ずきました。
 虻にことよせておさとしくださった。禅師のみ心に、
 
 「ありがとうございました」
ーー省略ーーー

  私たち日常でも、自分自身のこととなると何も見えなくなり、どうしてよい
かわからなくなってしまい、この虻のようなことを繰り返していることが多い
のではないでしょうか。

 そのとき、”私は虻じゃあなかったかな” と考えてみましょう。
 必ずそこには、新たな道が開けているものです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 川柳

  一歩外出れば渦中がよく見える

  プレゼント笑顔は誰でも贈れます

 短歌

  ひとりとはなんと悲しやされどまたなんと気楽かひとり楽しむ

  今宵こそ賀状書くなり去りし人逝きし人浮かべ気持ちを込めて
 
  
 
 

 
 
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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