おばあちゃんのひとりごと

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学校を休むと言うことは自分の責任やから…… 森 毅氏

この記事は、前に一度書きましたが…

         寒い日

    小さい頃は 母が自転車で
    妹を前に 私を後ろに乗せて
    どこでもでかけたものだ

    つめたくて 泣く声も出ない
    自転車を止めて おろしてくれると
    足が つーんとして痛いのだ

    その痛さって 足が凍っているようで
    ポンと下ろされるのでね 痛かったなぁ
    母は知らないだろうなぁ

    ある時 母の実家帰る夜の道
    後ろ母に、でつかまっているのだが
    「足をちゃんと開いていてね」という母に

    わかっているのに
    眠ってしまったらしい
    自転車の後輪に足を挟んで 大けが

    ちいさい 小さい頃のこと
    どうしょうもない 昔の母との思い出なんだ
    哀しそうな母の表情 まだ私は幼児だったなぁ

 昔は自転車もいろんな装具などなくて、子どもがちゃんとしてなくては
危険だったのです。
 兄や姉からは、「馬鹿だね。気をつけんとダメじゃん……」と、怒られて
ホント、お母ちゃんに悪かったなぁ……。 そういう思い出。

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 「寄り道して考える」  森 毅
               養老孟司

 自由に伴う自己責任を知らない、今の学生たちーーー森
 

 ぼくの家庭というのは、いまの中学生ぐらいの家庭とはかなり違っていま
した。典型的な例があります。僕は中学校二年生ぐらいから、学校を休むと
いうことを覚えました。ちょっとずるがしこくなりはじめる年代です。そのとき
にぼくの親はこんなふうにいいました。
 
 「みんなが学校に行っているとくに休むというのは自分の責任やから、落第
せんように、どうやってスケジュールを組むかは、全部自分で決めなあかん。
学校の時間割は向こうが組んでくれるけれど、さぼるほうは自分が組まなあか
ん。そこをちゃんと管理できんと、さぼる権利はない」:

 それからこうも言いました。

 「みんなが学校へ行っているときに、自分で選んで学校を休むんなら、せめて
その学校へ行っている一日より、いい一日にせなあかん」

 これは中学生の僕にとっては、かなりきつい言葉でした。当節風に言うと、
 「自由に伴う自己責任」です。

 しかしこのようにいってくれる親がいてくれたということは、いま考えると、
かなり恵まれた環境だと言えるでしょう。現在は、この親子関係がどんどんダ
メになっている気がします。親がこれぐらい子どものことを信用し、--僕の場合
信用されていたのかどうかは疑問ですがーーー自己責任というものを考えさせれ
ば、もう少しいまの子どもたちの考え方も変わってくるように思います。

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  短歌

   寒い朝ふと母のこと思いだすもう40年も前に逝きしを

   母という大きくてまたちいさき母老いし我感ず傍におられしを


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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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