おばあちゃんのひとりごと

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最後の理想的な会話 「君に心配させて すまないね」 「いいえ」 小泉信三氏の夫婦

 今日は生命保険の方が二人で見えてね。久しぶりに悩む
問題だわぁ? どうしたもんか?
 死ぬまで毎月払うと、一日の検査入院でも、保険がきくと
のこと。今のままだと80歳までで、20日以上の入院からしか
出ないとのこと? 思案のしどころだわ。

 考えるに疲れちゃったわ。80歳までに、うまく逝ければいい
けれど、手相を見てもらうと長寿みたいだから……。なぁぁ?

         倖

    誰でもが一番の しあわせってね
    順番に あの世とやらに逝くことなんだ
    その 順番が狂わないこと
    順番ってわかる 「父死、子死、孫死」(仙厓義梵和尚の言葉よ)

    だから みんな 
    一番の親孝行は 幸せに生きることよ
    親より長くね 一生j懸命に生きる
    それだけで 親孝行 なんだよ

    そして 毎日 楽しく 喜び 
    そうやって 何があったって 明るく
    笑って暮らす それがいい
    それが 一番 誰をも 幸せにするよね

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 父 小泉信三    秋山加代
             小泉タエ     著より

 臨終                              秋山加代

 昭和41年5月10日の夜半、それまで元気だった父が、少し不快を
訴えて母ととり交わした会話の最後に、 「君に心配させてすまないね」
というものであったという。母は 「いいえ」 といったという。
 父はそれから安らかな眠りに入り、そして翌朝7時過ぎ、突然大きな
息を吐いてそのまま、心臓の動きを止めた。 私どもが、駆けつけた時
父は楽な姿勢で安らかに眼を閉じており、一心に人工呼吸をしておられ
る医師の動きにかかわりない静けさであった。
 
 父と母が夜半に言葉を交わした時、二人とも、これが人の世における
最後の会話になろうとは、思いもよらなかったであろう。
 
 けれども50年をともに暮らした夫と妻の最後の会話として理想的なも
のと思うし、常に母をいつくしみ包んで来た父の、ほんとうに父らしい言
葉と思う。
 
 父は、常々 「俺は滑稽なことを言いながら死んでやる」 といっていた
が、そうはいかなかった。父がそういったのは、人の臨終に、妻、子、親族
が集まって泣き悲しむ、という形に、何とかならないで済ませたかったのだ
と思う。ことに父は一種の恥ずかしがり屋であったし子どもたちとは、からか
い合っているのが一番気にいった形式であったから、深刻なところは見せ
たくないほうであった。

 父の最後に意識があって、私たちが呼びすがったら、父は照れると思う。
それゆえ、父が母に労りと感謝の言葉を伝えて、そして母だけに見守られ
て、あっさりと世を去ったのは、一番父らしくて、好かったと思うことにしてい
る。

 けれども、まだ 本当とは信じられない。何処かに隠れているような父を
呼び返して、いつものにぎやかな食卓で 「お父様ずいぶん上手にお亡く
なりになったわね。だけどお母様もなかなかお立派ですよ」 と言ってあげ
たいと切に思う。

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 短歌

    思い出す夕焼けぞらにさようなら「ごはんだよ」呼ぶ亡母の声聞こゆ

    凍った手亡母はそぉうと手で包みこすりて温めし幼の日おもう

    老いたゆえなんか人生あちこちにさまざまに見えさまざまにあり

    
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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