おばあちゃんのひとりごと

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たった一人しかいない自分を、たった一度しかない一生を・・・

   阪神大震災に思う

   多くの亡くなられた人々は
   まわりの人の心の中に 生き続けておられる
   亡くなられた方々は 今を生きてる人々を
   祈りまもり 支え 心の中で生きておられる
   そう思う だから 祈りあうこころがあり

   20年という長い年月の悲しみの中で
   立ちあがり 強く生きる 
   悲しみを乗り越えて 
   一生懸命に生きていけるのだ
   亡くなられた方を心の支えに 生きる 

   生きるということは すごいこと
   生きていくことは 素晴らしいこと
   お亡くなりになられた方は守っていて下さる
   みんな 大事な命を守り いきておられる
   これから先も こうして 生きて

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  こころの開眼       松原泰道 著より

 一つという刹那

 後に申し上げますけれども、四弘誓願の中に流れていますのは、、
「一」 という思想です。一対一です。
 「一(はじめ)」 というのは一つの思想をもっておりまして、まずはじ
めです。はじめというお名前の方もございますね。また、一は終わり
でもあるわけです。 「一に帰する」 ということをいいます。はじめで
あり、終わりであり、絶対であり、ものそのものなのです。 それを、
道元禅師は、 「只」 といわれた。 「只管」 もよくお使いになるん
でありますが、ひたすら訳しては、舌足らずでしょう。やはり 「只」
です。「只」 ということは 「一」 なのです。「只」はまた「それのみ」
 「これのみ」 ということ、それ以外にはないということです。

 私は山本有三さんの、

 「たった一人しかいない自分を、たった一度しかない一生を本当に
生かさなかったら、人間に生まれてきたかいがないじゃないか」

 という詩が好きです。
 みんな一です。今は今しかない、これも一でしょう。
 
 今は帰ってこない。今といっても過去になってしまった、この一つの
刹那に、皆さんと私たちが、一人一人こうやってめぐりあっている。
 それだけでありません。皆さんのまわりの方たちに何か一つ、お一人
でいい、喜びを差し上げようではありませんか。それを仏教用語で 
 「分業」 __業を分けると申します。

 ーーーー省略ーーーー

 私たちにも、あってはならなぬことですが、親を亡くしてみてはじめて
親を失くした人の嘆き悲しみがわかるでしょう。子どもを失くして、はじ
めてその苦しみがわかるでしょう。すると、自分の悲しみや苦しみから
でてくる慰めの言葉が、同じ慰めの言葉であっても、苦しみや悲しみを
味わったことのない人の言葉と全く違う味わいがあると私は思うのです。
 自分のことで恐縮でありますが、私は先年内孫を失いました。わずか
二日と四時間の淡い命でした。
  ---省略ーーー
 私は 「仏教は苦労人の宗教」 だと思います。人生の苦労をなめた
人でれば、年齢のいかんを問わず、学歴の有無に関係なく、黙ってい
ても通じるものがあります。それはキリスト教でも通じます。
”泣いてパンを食べた者でないと、本当に神の心がわからない”という
ことはそういうことでありましょうか。
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  短歌

  只一つという言葉にはいろいろとあるものですが考え深まる

  震災のニュースに涙し人々の悲しみ思いつわれも祈りて
 
  友からの電話は用件だけを言い「またね」と切れた冬の夜更ける

     


 
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フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

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