おばあちゃんのひとりごと

Entries

 静かなること木鶏の如し……

 穏やかな、冬の陽ざしに温かく、こころまでがぬくくなります。
 昨夜孫からの電話で「おばあちやん、”木鶏”の話 知ってる?」
 「うん 知ってるよ。ブログにも書いたことあるよ。「ふーん 物知り
だね。いい話だね。」 ……。って!!それをここにね。
  
   静かなること木鶏の如し
     
     昔、王のために闘鶏を養う名人がいた。
     有る日、王は彼に尋ねた。
     「どうだ。もう闘わせてもよいか」
     「いや、まだいけません。今は、ちょうど 威張り散らして、
      気を恃む悪い時です。」
      しばらくして王は催促した。
      しかし彼は答えた。
     「まだ、いけません。他の鶏の姿を見たり、鳴き声を聞くと    
      興奮してダメです。」
      しばらくして王はまた催促をした。
      彼はまだ許さない。
     「まだですよ。やはり、傲然と構えて、客気がさかんすぎて
      いけません。」
      その後、王が重ねて催促した時、彼はやっとのことで承
      知した。
      「まあ、いいでしょう。もう、他の鶏の鳴き声を聞いても平気
      なものです。ちょっとみると、まるで木で作った鶏としか思
      われません。含徳が充実したのです。これで、どんな鶏が
      やってきても、到底、ものにはなりません。みんな闘かわ
      ずして走り去ることでしょう」

     ……こういうはなしです。こういう人になれたらね。いいもんだわ。
     孫がいい話ね。といい嬉しい気持ちになりました。知っていて
        アッハ アツハ よかったわ。ありがたいことよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 いのちの対話      瀬戸内寂聴
                中坊公平
                安藤忠雄

 震災後 三十万本の木を植えて

 瀬戸内 安藤さん、終戦のとき、いくつだったの?
      
 安藤   1941年生まれだから生まれたばかりですね。だから戦争
       全然知りませんけれど、小学校のときは、まだ焼け野原で
       した。

 瀬戸内 それは、記憶にありますか?

 安藤   焼け野原で育ちましたから、親には、「自分たちの責任の中
       で生きろ」 と言われたて育ったんです。そのころはやっぱり
       親が一生懸命生きてた。母親も父親も昔皆一生懸命生きて
       いるを見て子どもが育ってるから、これはやっぱり大切なこと
       だと思ったものです。けれど、今、親はうるさいほどにあれこ
       れ言いながら、子どもに魅せられる姿はないし、背骨がない。

 瀬戸内 阪神・淡路大震災のときに、被災地に行ったら一人の女の人が
      焼け後で立ってこういったんです。「戦争ですべてを失って焼け跡
      に立った。それなのに、もう一度生きている間にまたこんな目に
      遭うとは思わなかった。よっぽど前世で悪いことをしたのかしら」。
      かわいそうでした。
       本当に2度もあんな恐ろしいことに遭遇したらしたらちょっと元気
      なんて出ないと思います。でも、皆さん、ちゃんと立ち」直って、今、
      神戸は綺麗です

 安藤  いざとなったときに、日本人って以外とパワーがある。
      この二十年間くらい眺めていて思うのは、やっぱり皆お互いに助け
      遭って生きていかなければという感じ」。
        阪神・淡路大震災の直後、子どもは子どもで小中生でも近所の
      倒壊した家の解体から、掃除から、手伝っていまして、皆に褒めら
      れてますます元気になっていました。自分たちのすることを自分た
      ちで考えてやれたというのは大切なことで、あのときに日本の子ど
      もいけるんではないかなと思ったんですが。

 瀬戸内 安藤さんは、阪神・淡路大震災の後、木を植える活動をなさってい
       ますね。本当に情熱的に、面倒を見ていらっしゃいますが、あれは
       どういう活動なんですか。

ーーー省略ーーー

 安藤   たとえば子どもたちをみたら、遺児になった子もいたが、意外と元
       気良かった。その遺児たちを見ながら、育英資金を作くれないも
       のかと考え、それを呼びかけて、つくりました。
       またやがて被災地にも大きなビルやマンションが、その建物と建物
       を繋ぐものとして、木を植えることを考えるだけの余裕はないだろう、
       だったら、木を植える運動を呼びかけようと。
       つまり、復旧していくなかで、たぶん忘れられて抜け落ちてしまうだ
       ろう部分を、自分たちがやればいいのではないかと思ったのです。
       それで、木については、被災地に二十五万本の木を植えようと、全
       国の人々や企業、市町村、県に呼びかけて、木やお金をもらいまし
       た。復興住宅が十二万五千戸あったので、その倍の木を植えようと
       思ったのです。

―ーーー省略ーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  短歌

     しみじみと今日のひと日長すぎてやることもなく退屈な日だ

     明るくもいつも心し居るのだがときどきド^ーンと無気力になり    
スポンサーサイト

左サイドMenu

プロフィール

フェアリーグランマ

Author:フェアリーグランマ
ひとり暮らしのおばあちゃんですが、毎日を詩や短歌を作って楽しんで暮らしています。

心に残った本の一節を御紹介させて頂いております。

ランキング

ブログ村のランキングに参加しています。応援してくれたら元気が出ます!
にほんブログ村 ポエムブログ 自作詩・自作ポエムへ にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

flag counter

Flag Counter

最新記事

最新トラックバック

音楽